鷲尾レポート

  • 2021.01.05

米国から見た中国、中国から見た米国

同じ現象でも、右から観るか、左から観るかで、解釈が異なることが多い。大国間の紛争も、こうした視点の違いから発生するケースが多いだろう。米中間の現状を、そうした尺度から解釈し直してみよう。

 

先ずは米国の中国観である。第2次大戦後の東西冷戦期を経て、米中国交回復を為した当時の米国にとって、中国はソ連圏へのくさびを打ち込む対象だった。更に、中国が改革開放路線を鮮明にし始めた頃のそれは、教導して世界に引き入れ、経済を発展させてやれば、中国の社会価値観も自ずと米国風の色合いを増してくる、そんな上から目線の、教師的色彩の濃いものだったはずだ。

 

米国のその種の中国観に、鄧小平の中国は上手く波長を合わせた。当時の標語「韜光養晦」(爪を隠し、才能を秘し、時期を待つ)がそれを見事に物語る。しかし、中国が、グローバル化の裨益を受け、国内に巨大市場を育成しながらも、価値観やルールを米国と必ずしも共有しない状況が出現、且つ、経済力で優れながら、軍事力も併せて強化して行く様を目の前にし始めると、米国のそれまでのナイーブな中国観も次第に変色し始める。とりわけ2010年代前半、中国の習近平主席が“米国との間の新型大国関係”を提唱し始めると、米国内での中国の位置づけが急激に変わり始める。そして遂に、2016年大統領選挙を契機とする、トランプ大統領の対中強硬姿勢が、米国社会の中に滋養されつつあった中国警戒論を一気に表面化させることになる。

 

中国にとっては、トランプ施政下の米国の姿勢硬化は、恐らく想定外だっただろう。「こちらの力が大きくなり、立場が強くなると、相手もこちらを、それなりに遇するはず」、恐らくはそれが、中国指導者の暗黙の期待だったはず。だが、トランプの反応は違った。

 

トランプは、クリントン女史との間で大統領選挙を戦っていた頃から、中国を米国にとっての諸悪の根源と見做していた。それ故、そんな中国へのオバマの弱腰を非難していた。トランプは亦、大統領当選直後から再選に向け始動し、その基本方針にAmerica Firstと対中強硬の選挙公約の実現を据えた。

 

そんな米国の対中姿勢硬化を前に、中国の方も次第に態勢を整え始める。2017年10月には周近平の名を冠した政治思想を党規約に盛り込み、翌2018年3月には憲法を改正して、国家主席の任期を撤廃、周長期政権で対立を乗り切る体制を明確にし始める。

 

しかし現実には、中国は当初、そんなトランプ大統領に振り回され続けた。2018年11月の中間選挙を視野に、トランプが対中貿易戦争の口火を切り始めた頃、中国はそれをトランプ流交渉術だと見做し、貿易の不均衡是正や米国からの輸入増大で妥協しようと試みた形跡大であった。だが、流石に2018年末になると、中国もトランプ政権の強硬姿勢が、どうも交渉目的だけではないと気付き始める。その切掛けが、同年10月のペンス副大統領のハドソン研究所での対中強硬演説だっただろう。ペンスは、中国のあらゆる政策、慣行を非難した。例えば「通貨を操作し、技術を強制移転させ…中国製造2025を通じて、先端技術をがむしゃらに習得しようとし、軍事技術で優位に立とうとしている云々」。

 

続く2019年は、中国の対米不信を一層深める年となった。そして、この時点頃から、中国は対立が長期化すると覚悟するようになったのだろう。中国側の認識を推測すると、①両国関係の基礎となっていた既存の認識・価値観が、米国側の一方的姿勢硬化で崩れ、争点を管理するメカニズムそのものが失われた。②米国、特にトランプは、国内での政治対立を、対中強硬姿勢を取ることで、対外問題にすり替えた。③そんな米国は、中国社会を分裂させようとすら考えている。④摩擦も、当初は農業や工業製品だったが、2019年頃から次第にハイテクに焦点が移り、今では未来技術分野での覇権争いこそが、その対立主眼となりつつある。結果、⑤対立は次第に安全保障分野を抱合するようになり、それにつれて、軍事戦略面での衝突も懸念され始めている。⑥今後の展望として、米中は共に、周辺諸国を味方に引き入れることで、構造的バランスを有利化しようとせざるをえなくなろう。だからこそ、⑦中国は周辺アジア諸国や、欧州諸国などとの、政治・外交・経済関係を一層密接なものに仕上げておくにしかず等など。

 

そして、こんな対米警戒心は、中国政府に近い筋に言わせると、中国の一人当たりGDPが米国の半分、或いは、経済の規模が米国の2倍に達する迄続くという。そうなれば、「米国側の対抗意思が萎え、中国と共存を望むようになる」とのご神託だとか…。つまり、この中国識者の予言を信じれば、米国が折れて、共存路線をとるに至るのに、今後10年前後かかるということになるわけだ。

 

そんな状況下、2020年は中国が一層自信を深める年になった。トランプの米国はコロナ禍で国内分裂の色彩が濃くなる一方だったが、コロナ禍を制圧出来た中国は、その後の経済回復もあって、自国の制度の方が優秀だとの認識に行き着くことになる。そうした自信には、コロナ患者追跡メカニズム一つとっても、米国や日本のそれが個人名で追いかけるシステムとはなっていないのに、中国のそれは個人を特定して追いかけることが出来て、それだけ効率的だったとの評価が含まれる。つまり、「防疫面で中国が最も良くやれているのは、体制的優位性があるからだ」(北京大学国家発展研究院教授)との自信である。米国や日本の個人と国家との関係への懸念が、中国では自信の源泉となっているわけだ。

 

振り返れば、トランプが中国に強く当たり始めた動機も、当初は中西部の農民や工業労働者への配慮だった。それがいつの間にか、5Gになり、AIになり、フィンテックにまで及び、果てはクラウドサービスのための世界ネットワークの占有競争にまで及ぶことになった。

そうなると、米大陸と欧州大陸、米大陸とアジアとを結ぶ、既存の海底ケーブルを米国がどう守るか。或いは、一帯一路に沿う形で展開されようとする中国のケーブル網が、米国のそれとどういう関係になるのか…。事はすこぶる地政学的要素を帯び始める。

 

かくして、中国の第14次5カ年計画や、2035年までの長期計画の中で、中国がIT関連の製造をどのような形で発展させて行こうとするのか、中国が自国のIT大手を規制しようとしているのは、一層の政府統制をかけるためではないのか、或いは、米国のIT規制で、米中間のIT連携がどの程度実効的に遮断出来るか、米国の「データ流通から中国を排除しようとする」APECルール見直し提案はどの程度現実的か、更には、域内からのデータ持ち出しを制限しようとするEUの試みは、こうした米中別個のデータ流通網整備の中でどのように位置づけられるか等など、派生的問題は列挙に限りがなくなるのだ。

 

だからこそ、こうした米中長期対立の狭間で、日本が埋没せずに済ませるための国家戦略が、今ほど求められている時はないと、真摯に認識すべきだろう。

レポート一覧に戻る

©一般社団法人 関西アジア倶楽部