鷲尾レポート

  • 2021.03.29

RCEP(東アジア包括的経済連携協定)成立への懸念 ~~China as No 1を意識し始めた中国を念頭に~~

“自由貿易協定(FTA)”という、同じ概念の土俵でも、自分に力があった場合とそうでなくなった場合とでは、裨益の度合いは異なってしまう。昨年11月に交渉が妥結し、来年1月の発効が目標(中国商務省発表)とされるRCEP。対中競争力が相対的に低下している日本並びに日本企業にとって、事前想定通りの利益を生むスキームになるのか、心配性の筆者は懸念と危惧を払拭出来ない。

国際政治の空白期に事態は動く。今回のRCEPなどまさにその適例。過去9年余、遅々として進まなかった交渉が、一昨年以来、急に熱気を帯び始め、その余勢で昨年の11月、一気に妥結に辿り着いたのは何故か。そこに中国の意図を感じるのは至極当然。そういえば、同じ時期、中国はEUとの投資協定も締結に成功しているではないか…。

要は、この時期の、2つの経済関連協定妥結は、妥協内容の詳細が明らかになっていないのであくまでも推測だが、中国側の大幅譲歩なしにはあり得ない話。言い換えると、中国は、どんな譲歩をしても、これらの協定交渉を、あのタイミングで妥結させることに拘ったのだろう。つまり、そこには中国の戦略意思があったと見做すべきなのだ。

そもそも、メガ・サイズの広域経済連携協定【拡大EUであろうと、NAFTAであろうと】の時代背景にも、国際政治の空白があった。それは、冷戦の崩壊(1989年)であり、計画経済が市場経済に敗れた、との神話であった。ソ連の瓦解で国際政治のスキームが変わるなか、先ず米州大陸でNAFTA(1992年交渉妥結、94年発効)が、次いで1990年代半ば以降、欧州でもEUが拡大を開始(最終的に27カ国)。それに比し、アジアはどうすれば良いか、当時未だ世界第2位の経済大国だった日本が考えついたアイディアこそ、東アジアに広域経済圏の創出を、というものだった。

個別の経緯を話し始めると切りがないので、結論だけを記すと、先ずは、ASEAN各国との間で自由貿易協定を結ぼうとする日本のアイディア。ところが、それまでFTAに何ら関心を示さなかった中国がいきなり交渉に参陣してくる。何があったのか…。そこにも亦、国際政治の影が色濃く反映されていた。1995年~96年の台湾海峡クライシスである。

発端は、台湾独立を主張した李登輝総統が誕生したこと。若き頃の留学先だった米国のコーネル大学が彼に講演して貰おうと招待した。そうなると、台湾のトップの米国訪問となる。当然にビザ申請が為される。それは即、2つの中国承認に通じるが故、中国が強硬に米国に抗議。クリントン政権は、中国の意を受け、李登輝訪米を阻止しようとしたが、今度は米国議会がそんな行政府の弱腰に噛みつく。結局、李登輝の米入国→中国の反発、台湾近辺に実験と称して、ミサイルを撃ち込む→米海軍(ニミッツとインディペンデンス、2つの空母群)の台湾海峡派遣→米中一触即発…、という展開が続く。そして、そんな時、中国は今まで見向きもしなかったASEAN各国とのFTAに熱心になってくる。米国によって、経済的に攻囲されてしまうのでは、という警戒心がそうした態度変更の心底にあったわけだ。

その後、紆余曲折を経て、ASEAN全体と中国、或いは日本、或いは韓国という、ASEAN基軸の3本のFTAが出来、そうなると亦、それら3本を総合的に一本化しようとの動きとなる。俗に言う、ASEAN+3(日・中・韓)構想で、最初、そうした一本化を2005年、中国が正式提案してきた。

しかし、このフレームでは、中韓が何かにつけ手を握りがちな状況下、日本に不利になりかねない。それ故、2007年、日本は別の概念で対抗する。それが、ASEANと日中韓に加えて、インド・オーストラリア・ニュージーランドを参加させる、ASEAN+6の構想だった。明らかに、対中牽制意図がこの構想の中にあることは自明だろう。

ASEAN+3で行くか、或いは、ASEAN+6で行くか…。日中が激しく鍔競合いを演じ、最終的には2012年11月、日本主張通りの交渉入りとなった(それが後日のRCEPに繋がる)。その交渉は長期に渡った。ところが昨年末、米国のトランプが大統領選挙無効を言い立てている最中、いきなりの妥結…。おまけに、中国はこの妥結に際し、将来は自身のTPPへの参加可能性をも示唆している(なお、インドは交渉から離脱)。

こうした経緯から、幾つかの結論が導き出せる。一つは、自らの体制保存を至上課題とする中国にとって、経済関連の対外政策は安全保障政策に常に従属していること。二つは、政策の打ち出し方が、融通無碍なこと。現状の、中国のアジア政策と中南米政策の違いにも、その種の臨機応変性が顕著に表れている。コロナ感染が深刻な中南米には、中国製ワクチンを使った援助外交を、感染が比較的軽度なアジアに対しては、自国市場を開放し、彼らを吸引するFTA政策で、それぞれに中国支持網を構築しようとしている。こうした臨機応変性は、政府が民意に縛られる度合いが、相対的に少ないことによって得られるものだろう。

さて、ここで結論だが、RCEP締結国の大半は輸出志向。締結国の中で、国内市場を彼らに提供できる国は中国のみ。事態をそう見れば、日本はRCEP締結で、最大のライバル国を共通の土俵に引っ張り込んでしまった、と思えてくる。そんな経済圏で、中国企業がDXを多用し、デジタル人民元を使い始め、或いは亦、中国政府が、米国の対中ハイテク企業規制に対抗する措置を講じ始めると、どういったことが起こるのか…。日本並びに日本企業に、そうした万が一の事態への備えがあるのだろうか…。懸念の種は増すばかりなのだが…。

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