鷲尾レポート

  • 2021.05.07

政権のコロナ対策への不満と選挙

昨年の米国大統領選挙は、民主主義国家の政権が、感染症のような社会を揺るがす出来事が発生した場合に、如何に耐性がなかったかを、如実に示す近現代の歴史的実例となった。現職トランプ大統領が、米国ファーストで雇用を取り戻したと主張すれば、対抗馬のバイデン候補は、コロナウイルスへの無策を、現職への最大の攻撃材料にした。

選挙前、英国ファイナンシャルタイムズのガネシュ記者は次のように指摘していた。「トランプ氏が選挙で負けるとすれば、理由は本人の権威主義的な傾向のためではなく、同氏が、コロナ禍への対応を怠ったためだ」。そして事実、トランプ政権のコロナ対策に不満を覚えた米国有権者の一部が、バイデン支持に傾斜、緩かったバイデンの支持基盤が固まり、トランプの支持基盤が液状化したのだ。

同じような指摘をする識者は多い。例えば、ジョンズ・ホプキンス大学のモンク准教授は「世界の民主国家のほぼ全てが、パンデミックに毅然とした対応を貫くことに失敗している…さらに、ワクチン接種のスピードも、弁解の余地のないほど遅い…」等など。

対して、このコロナ禍を切り抜ける過程で、中国の一部識者は、自国の一党独裁体制の方が、民主国家よりも優れているとの、これまでは展開したこともない主張を公言し始めた。「危機に臨んで、団結する事も出来ない政治のシステムって、一体、何なの…」というわけだろう。しかし、共産党一党独裁国家からの、そうした指摘そのものが、民主主義の総本山としての米国の危機感を、否が応でも高めてしまうのだ。

米国有権者のコロナ対策への目は、現在でも厳しい。そんな実情を正確に知り尽くしているからこそ、バイデン大統領は、就任直後の100日の優先課題を、コロナ・ワクチンの普及とコロナ禍で打撃を被った家計の救済(American Rescue Plan)に絞ったのだ。その成果は、今のところ十二分に出ている。

さらに4月28日、バイデン大統領は、就任後初の議会演説を行ったが、その中でワクチン普及の成果をうたいあげ、第二段目の経済対策として、米国雇用計画(American Jobs Plan)と米国家族計画(American Families Plan)の二つを打ち出した。立て続けの経済対策案の提示である。こうした状況を、ABC ニュースは、同テレビの世論調査の結果として、「米国民の64%は、来年、国は明るくなるだろう」と答えたと報じた。

しかし、バイデン大統領は、楽観ばかりもしていられない。ワクチン接種に関し、米国の大人の四人に一人が、「自分はワクチンを打たない」と答えているからだ。もし、その答え通りなら、専門家は「ワクチンによるコロナ根絶は難しい」と見通しており、次の段階は、こうした確信犯的なワクチン接種拒否者を、どう説得するかという、難しい局面が来ようとしているからだ。

そんな状況下、5月に入り、バイデン大統領は、ワクチン接種者(2度打たねばならない接種の内、少なくとも1度は受けた人)の比率を7月4日の独立記念日までに、全対象者の7割にする目標を立て、そのため、接種会場を今後、これまでの都市部の大規模型のものから、地方の街の薬局や、かかりつけ医、更には田舎の小さなモバイル型接種会場に、次第に移して行くことを公表している。要するに、この変更、米国ローカルに多い、巨大な中央権力を信用しない人々に、身近な、それ故に、彼らの信頼度が高い、日常接触している場所を、新たなワクチン接種会場に指定し直したのだ。

一方、欧州諸国でも、政権のコロナ対策の不手際や非効率さに、有権者はいらだちを隠せない。例えばドイツでは、この9月に連邦議会選挙が開催されるが、メルケル首相は早々と、その選挙を機に政界引退を決めている。問題は、メルケル政権のコロナ対策への有権者の不満が高く、キリスト教民主同盟の後継者ラシェット党首に人気が集まらないことで、反比例的に、緑の党のべーアボック共同党首の支持率が高まっているという。選挙結果次第では、連立政権のパートナーの入れ替えという事態もあり得ないことではないとのこと。

フランスも、来春に、マクロン大統領が選挙を迎えるが、有権者のコロナ対策への批判が根強く、大統領への支持率も低下傾向にある。同国の中央銀行の見通しによれば、失業率が現行の8%から2022年春には9%台に高まるとされるが、こうした予測を前提に、フランス政府は、経済活動再開を目指して、長距離の人の移動制限措置を5月から撤廃する構えだが、万が一、コロナ感染が再度拡がるようなことにでもなれば、マクロン再選への逆風が高まりかねない状況のようだ。本年中に衆議院議員選挙がある日本とて、例外ではなかろう。2021年入って、山形や千葉の知事選、或いは北海道や広島の補欠選挙などで、政権与党が敗北を喫し続けているのだから…。

こうした実績や予測が意味するのは、コロナ連動政局の危うさだろう。そうしたリスクは、とり分け途上国で起こりやすい。米国や日本、オーストラリアなどが、コロナ禍で苦しむインドに支援の手を差し伸べているのも、或いは、米国が遅まきながら、製薬会社のワクチン特許を一部停止させてまで、途上国でのワクチン製造を認める方向に舵を切ろうとしているのも、いずれも、単なるワクチン外交の枠を超えての措置だと理解した方が良い。対応を誤ると、十分には根付いているとはいえない、途上国の民主制が、一挙に覆る危険を察知してのことなのだろうから…。

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