トランプ共和党・バイデン民主党、それぞれのアキレス腱
共和党内で、またぞろトランプ前大統領が動き出した。6月26日、退任後初めての選挙集会を、中西部オハイオ州で、しかも反トランプ派の共和党現職下院議員追い落としのために開催したのだ。巷間では、2024年大統領選再出馬を目指すなどと、解説されているようだが、本音はむしろ、共和党内での影響力確保のためだろう。
共和党内保守派が、トランプ支持の旗を降ろせないのには、いくつかの理由がある。トランプ前大統領が一期限りで敗退したのも、各州での投票ルールが大幅に緩和され、黒人有権者などの投票が容易・簡便になりすぎて、選挙結果が歪曲されたためであり、とどのつまり、選挙が盗まれたのだという主張。或いは、前大統領が設定した各種争点(不法移民への強硬姿勢、アメリカ・ファーストの外交、対中強硬姿勢、更には、巨大テック企業との対決など)を、民主党のバイデン大統領が引き継いだ形になっているが、解決に向けての迫力に乏しく、課題そのものが依然として残り続けていること等など。要は、ここ数年、争点となり続けるであろう、対民主党用のアジェンダそのものを、トランプ前大統領が設定してしまっているからなのだ。
こうした状況下、本年5月、民主党選挙対策委員会のマロニー委員長(下院議員)が面白い総括を行っている。「2020年選挙の事前の世論調査では、地方に住む、高卒以下の白人有権者(トランプ支持派)は、そもそもの世論調査に回答を寄越さなかった。回答を寄越したのは、同階層の中でも、元々民主党支持の人が多かった。つまり、世論調査の回答そのものに、バイアスが混入していた。それが結果として、民主党優位の事前予想を大きく狂わせた要因だった…」。「そうしたトランプ支持派は、実際にトランプが候補者に名を連ねていなければ、恐らく投票をしなかった。しかし、トランプが候補者に名を連ねていると、彼らは投票に出向き、そのついでに、下院選や上院選でのトランプに近い共和党候補にも投票した。…だから、もし、2022年の中間選挙の候補者欄に、トランプの名が掲載されなければ、そして大統領選挙はないのだから、当然、トランプの名前はないのだから、共和党は、2022年、期待通りの、トランプ支持票を投票場に引き寄せられない…」。その解釈の意味するところは、2022年の中間選挙でのトランプ効果は過大評価であり、民主党としては、2024年の大統領選挙へのトランプ再出馬の芽を摘むべし、となるだろう。
そう解釈すると、議会民主党が、トランプ批判を止めず、民主党政権下の司直がトランプ関連事案をなお捜査中なのも、また、トランプが反対していた、選挙に際しての投票簡便化法案の推進に熱心なのも、わかる気がするではないか。もっとも、民主党は、トランプ支持者の投票は控えさせたい、黒人等のマイノリティーの投票は簡便化させたいと、矛盾するようなことを思っている様にも見えるのだが…。
ただ指摘しておけば、民主党の投票権法拡大の動き、つまり連邦レベルでの法案化は、上院での勢力拮抗下では、成立は難しそう。ここでは、米国政治の根底を知るために、敢えて、本件をもう少し詳細にトレースしておこう。
下院民主党が投票権法の改正を打ち出したのは、バイデン政権下の議会開会当初。それ故、法案番号はHR-1。HRは下院に提出された法案、1は法案番号、だから、今会期下院に提出された最初の法案だと知れる。そのHR-1は、3月、賛成220票、反対210票で、下院本会議で採択され、その後、上院に回付されていた。その上院版(S-1)には、民主党内穏健派のジョー・マンチン議員(ウエスト。バージニア)が不同意の態度を貫き、党内団結を示したい上院民主党指導部を苛立たせたが、結局、6月に入り、審議促進に不可欠のフィルバスターを避ける手続き動議で、必要な60票(共和党内から10票の賛成)を得られず、同法案の上院採択推進の途を半ば閉じられてしまう。
だが、同じ駄目という結果でも、民主党内一致しての推進を、共和党のフィルバスターで妨げられたとする方が、後々、民主党は、共和党攻撃の手段に使える。だから、民主党は、S-1の上院採択は無理でも、民主党が一致団結して推進したのに、共和党が折り合わずに反対した、との状況を作り出せれば、それなりの政治効果を産み出しうる、と考えるのだ。それが米国内での政治というもの。そして実際、上院でのフィルバスター阻止動議が不成立となった事態から、民主党の第二の動きが始まる。上記マンチン議員が、自らS-1法案の内容縮小版を提出、この提案を、上院民主党が支持するという、妙な新事態が現出したからだ。もちろん、こんな弥縫策を労しても、S-1法案の上院採択はあり得ないが、それでも民主党にとってマンチンを引き込んで、党内が一致団結したという政治的意義は大きい。
こうした状況下、新しく出てきたのが、議会での連邦立法の代わりに、投票権発動に制限をかける各州の法律を、1965年公民権法違反だとして、司直に告訴させる動き。具体的には、バイデン政権下の司法省が、連邦公民権法に基づいて、ジョージア州を提訴したのだ。連邦議会で埒があかなければ、いくら時間がかかろうと、裁判で決着を図る、の手順である。もちろん、ジョージア州相手に司法省が勝てば、州共和党優位で、同様の法律を成立させているアイオワやアーカンソー、同様の試みを指向しているアリゾナやフロリダ、テキサスなどへの抑制効果も期待できるというもの。そして、こうした例で明らかになっているのも、選挙無効を訴えるトランプの影が、各州の共和党を動かしている、つまり投票権発動制限というアジェンダを設定している、という現実なのだ。
もちろん、民主党内には、そんなトランプ支持派に翻弄され続けている共和党内のざわめきを、対岸の火として見物を決め込む余裕などありはしない。自党内にも、再び大きな政府の時代が来たと、腕まくりして意気込む積極行動派のリベラル議員が多く、彼らの動きを抑えなければ、共和党内からの民主党案への支持が得られず、バイデン大統領が目指す、民主主義の神髄とも言うべき、超党派立法など実現しないのだから…。
そうした実情を、直近妥協が成立した、1.2兆ドルのインフラ整備法案の扱われ方を軸に観てみよう。此処でも、民主党の、上記ジョー・マンチン上院議員が、共和党シェリー・カピト上院議員(同じくウエスト・バージニア)ら穏健派とともに、重要な役割を果たしている。複雑な実情を紐解けば、その仕組みは概ね次のようになるはずだ。
恐らく主導権はバイデン大統領自身がとったのだろう。その戦略によると、先ず議会の予算審議プロセスで重要となる、予算決議の中の財政調整措置“Reconciliation”を使う方法と、あくまで超党派の合意で審議を進める方法とを、区別して取り扱う。何故、そんな区別が必要になるのか…。
それは、財政調整措置に対しては、フィルバスターが使えない、そんな上院ルールになっているからだ。つまり、バイデン大統領が現在提唱している、米国の社会・経済を長期的に変革する2つの計画(米国雇用計画=インフラ整備計画、と米国家族計画、合計で約8年間に4兆ドル)の内、超党派で妥協できそうな内容部分を、超党派合意法案の形で先ず採決してしまい。その後で、民主・共和両党の妥結が難しい部分を、予算決議の中に盛り込んで、つまり、フィルバスターが適用されない法案として処理しようとの目論見である。そうすれば、後者に関しては、民主党内での団結さえ保たれれば、共和党内の賛同がなくても、民主党単独で、可決することが出来る道理。
バイデン大統領が、未だ充分に熟し切ったとは思われない超党派グループ案(8年間で1.2兆ドルの規模のインフラ整備法案)を、兎にも角にも、急いで取り纏めたのも、上記戦略に従っての、2分野分離の方向性故なのだ。だから、妥協案には、バイデン大統領が主張し、党内リベラル派が押すが共和党が反対する、気候変動や家族支援の諸々の制度改革案、さらにはそれら措置を裏付ける増税案が盛り込まれていない。
そんな路線に従って、上記超党派グループ案が実質合意できたのだが、此処でバイデン大統領は、余計な一言を発した。「私の手元に届く法案がこれ一本だけなら、私は署名しない」。その心は、続いて予算決議案が民主党単独でも採択されて手元に届くはず、ということだろうが…。だが、この一言が、妥協案成立に向け努力してきた民主・共和両党の上院議員達にどれだけ打撃を与えたか…。
実際、バイデン流のこうしたアプローチは、二律背反の要素が消し去れず、上院民主党のシューマー院内総務に、多大の苦労を背負わせるもの。つまり、一方では、民主党内リベラル派を超党派法案支持で纏め上げる苦労、他方では、後続の予算決議案を民主党単独で採択するなら、超党派法案を取り纏めた民主・共和党内の穏健派を同妥協案支持から遠ざける結果となってしまう可能性。この二つの要素を、分離させずに引っ張って行くのは容易なことではない。こうした状況下で、バイデン大統領は上述の一言を発してしまったわけで、この発言が物議を醸し始めるや、直ぐに、「超党派案には、自分は署名する」と、慌てて前言訂正せざるをえなくなったのも至極当然な成り行き。
だが、民主党には、大統領の本音を代弁できる立場の別の有力者がいる。民主党のペロシ下院議長である。彼女は、「予算決議なくして、超党派法案なし」と明言、別の機会には亦、「上院が先ず二つの法案を通さない限り、超党派法案・予算決議のいずれについても、下院で審議を進めない」と断言したとのこと。要は、上院で成立したと伝えられる超党派法案も、それを今度は下院で採決しなければならず、そうした手順を人質にとって、下院を通さないという圧力をかけたのだ。こうした複雑なやり取り、米国の議会で法案を通す困難さを十二分に化体しているではないか。鳴り物入りの超党派法案も、その足元は、極めて脆弱といわざるをえないのだ。
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