わかり易い中国、わかり難い米国
米国と中国。政治体制の全く違う、この両国の間で、軋轢が少ない時代が長く続いた。米国の力が強すぎたためであり、そうした強者独特の、“彼の国も成長すれば、いずれ自分と同じような価値観の国になるはずだ”との、自己の尺度で相手を見る性癖が、両国関係に上手く作用してきたからである。
だが、中国経済が発展し、2000年には2兆2300億ドルだったGDPが、2020年には11兆8000億ドルへと、僅かの間に5倍も増えて、2028年にも中国の経済規模が米国のそれを抜くと予想される状況ともなれば、事情は一変する。そうした発展にもかかわらず、社会価値が変わらない中国に、米国は“騙された”と憤り、中国は“米国の正体が見えた”と身構える。
かくして、双方の対抗意識が鮮明化すると、それぞれに政権基盤たる国内社会を重視し、経済を活性化させる方向が益々強調されることになる。だが、事ここに至って、指導者の口から出る言葉の“政治的意味合い”に、システム差故の、実効の違いがどうしても目についてくる。つまり、バイデン大統領の勇ましい言葉と、習主席の少し大げさとも思える言葉。見かけは同じようでも、システムの違いを反映して、言ったことをそのまま実行できるか否かという点で、“わかり易い中国”、“わかり難い米国”、という差がどうしても眼についてくる。
何故、中国はわかり易いのか。それは共産党が社会を指導し、党は指導者に従う体制が出来上がっているからだ。もちろん、指導者が口にする言葉は、それ以前に、過激な党内闘争に勝ち抜いて、初めて口に出来るものであろうし、その意味では、事前の準備は十二分に出来上がっているのだろう。これに対し、米国の場合、指導者の口から吐き出された言葉を始点にして、初めて政治が回り始める。つまり、米国は、予め言葉ありきの制度なのだ。
米国大統領の言葉は議会で立法化されねばならない。バイデン大統領の1兆ドルのインフラ投資法案は超党派で採択され、他方、総額3兆5千億ドルの各種社会政策を含んだ予算決議も、これは民主党単独で採択されたが、この2本とも、後に続く両院協議の場で成案化されて、再度、両院の本会議で採択されねばならない。そうした経緯を経ても、予算決議の場合は猶、次の段階として、各行政府毎の予算案にばらされ、議会両院の各委員会での個別予算審議に移される。そして、その際には、それほどの巨額の予算を執行して行く際の不足財源、日本流にいえば国の借金能力の拡大措置を、議会から併せて承認して貰わなければならない。
こんな話しを続けると、「それだったら、民主党は下院で予算決議を単独採択する際に、債務上限を引き上げる項目も一緒に採択しておけば良かったじゃないか」という声が当然に出るだろう。ところが、事はそう簡単ではない。この予算決議に際しては、共和党支持層の多い選挙区出身の、民主党穏健派議員達が、債務上限引き上げを入れることに強く反対したからだ。彼らは、共和党が一致して、債務上限引き上げに反対していることを熟知しており、支持基盤の傾向を考えれば、間近に再選を控えた身で、そんな火中の栗を拾う愚を犯すはずがない。だから、予算決議に債務引き上げ条項が入るなら、自分たちも反対すると、下院民主党指導部を突き上げ、同指導部は、問題を先送りして、ともかくも当面の予算決議採択に際しての党内団結を優先したのだ。
新年度予算策定の期限は9月30日。恐らくこの時に、債務上限を巡って一波乱あるだろう。亦、財務省の資金のやり繰りが壁にぶつかる日が二つ目の期限。財務省は、現在、手許に資金を出来るだけ確保しようとし、保有証券を売却、或いは、新たな債権発行を手控えており、それが亦、市中への流動性の還元や金利の先高感と共に、株式市場を賑わせている。
こうした、大統領ですらままならぬ、米国での状況と比べると、中国指導者の口から出る言葉は、概ね、そのまま実行に移されるケースが多い。
習主席の場合、現在では、重々しくも“共同富裕”という毛沢東の言葉を持ちだしている。鄧小平の先富論から始まった社会主義市場経済路線が、ここに来て、社会の富の偏在という新事態に直面し、習近平政権が、再び原点回帰の姿勢を見せることで、共産党の存在意義を高めようとしていると見ると、その意義づけもはっきりする。事実、習主席の言葉に背を押され、8月17日、中国中央財政委員会は、「政府は、合法的な所得は保護するが、過度に多い所得は適切に調整し、社会に還元することを奨励する」との方針を明確にした。その直後から、中国の巨大企業のオーナー達が相次いで、社会貢献のための、巨額の寄付を申し出たこと、これ亦周知の事実だろう。主席の言葉。かくまでも実効性が高いのだ。と同時に、こうした言葉を実行に移す実験場として、早々と、浙江省が共同富裕のモデル地区に指定されてもいる。
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