鷲尾レポート

  • 2022.03.01

中ロ連携、その実と虚を推論する

本年2月の北京での冬季オリンピックは、妙な大会となった。

本年秋に予定される、習近平総書記の三選。その実現に向け、中国共産党は、同オリンピックの開催成功を目指した。だが、ゼロ・コロナを標榜し強権を発揮する中国の姿は、コロナとの共生路線に切り替えざるを得なくなっていた欧米との姿勢の違い(社会規制の在り方)を際立たせるものとなった。更に、中国での人権問題を取り上げ、外交ボイコットを打ち出した米欧に対抗する意味もあって、中国が世界の独裁国家の首脳たちの出席を、ある意味、促したことも、こうした違和感を生み出す基となった。加えて、妙だったのは、ドーピング問題で国としての参加を拒まれ、ロシア・オリンピック委員会という名の組織で、参加選手は個人資格というロシアの大統領が、開会式に参加した。そんな国の大統領が出席する、何かおかしくないか…。

 

中国が、米国への対応を、必死で模索していることに疑いはあるまい。そんな中国の立場を、ロシアのプーチン大統領がうまく利用している。オリンピック出席は、そんなプーチン流のパーフォーマンスの最たる例。ともすれば孤立しがちな中国に、プーチン大統領は、自らの“ロシア・ファースト”の目標達成のため、対米欧政策のフレームの中で、中国ににじり寄る。中国にしても、そんなロシアの思惑は十二分に周知しながら、“敵の敵は味方”の論理を実践に移さざるをえない。

 

ロシアは、そんな中国に数々の局面でアプローチを続けてきた。天然ガス供給面で長期保証を与え、更には安全保障面での協力を提示する。例えば、2021年10月には、米国の強硬姿勢に直面していた中国に働きかけ、日本を取り巻く海域で、中ロの海空共同演習を実施した。ロシアとしては、ウクライナ関連での米国の動きをけん制し、中国としては、ウクライナとの連動関係を示唆して、米軍のアジア・シフトを牽制したい。そんな同床異夢的思惑が背後にあったこと、想像に難くあるまい。

そんな中国は、折に触れ、ロシアを支持する立場をとる。ロシアは、本年初頭、中国の影響力が増しているカザフスタンに、同国トカエフ政権の要請で、近隣の旧ソ連圏諸国との合同部隊を平和維持の名目で派遣、同国内の反政府暴動鎮圧を図ったが、この行動に対して、中国は特段何らの異議を表明してはいない。このロシアの行動は、今にして思えば、今日のウクライナ介入の先例パターンを創った、と見られるにもかかわらずだ…。

中国とて、こうした“”ロシア・ファースト”の動きを、心中、快くは思っていないだろう。しかし、敢えて反対する必要もない。米国が、この問題でロシアに釘付けになるのは、願ってもないことなのだから…。そして肝心なのは、上記のような諸々を考えると、ロシアの今回のウクライナ侵攻、少なくとも昨年秋ごろから、プーチン大統領の脳裏に明白に描かれていた、と見えてくることだ。

 

ウクライナ東部のルガンスクとドネツクの両州を、実効支配しているロシア系反政府勢力からの要請という形で、今回、ロシアは反政府勢力の実効支配地域を、ロシア領に編入したのだが、その種のことを、いとも簡単にやってのけられるのも、プーチン大統領が、自らの勢力圏と認識する旧ソ連邦諸国との関係を、必ずしも外交とは見做しておらず、云わば、内政に近いと認識しているためだろう。しかし、自由主義諸国の眼には、このプーチン大統領の動きは、19世紀的帝国主義の権化のようにも映っている。

更に亦、そもそも今回のウクライナへの侵攻が、同国のNATO加盟願望を断ち切るためのもので、こうした強硬措置を取れば,ウクライナの現政権は当然のこととして反発を強め、事の成り行き上、ウクライナのNATO加盟も実現してしまう蓋然性も出てくる。それ故、プーチン大統領としては、いったん強硬措置を取ったからには、結局、ウクライナの現政権を転覆させるしか手が無くなるのだ。こんな動きを、中国とて、快くは思っていないはず。米国が、中国国内で政権転覆をはかろうとしているのではないかと、嘗ては疑心暗鬼になったこともあるのだから…。だから、現状、中国の最初のコメントは、「自制を呼びかけ、対話による解決を願う」程度のものでしかなかった(ロシアへの消極的支持)。更に亦、ウクライナ問題での国連決議に際し、中国は棄権したが、こんな処にも、中国の逡巡を読み取るべきだろう。

 

米国のトランプ前大統領は、ロシアのプーチン大統領の、この間の動きを評し、天才の技と称したが、これとても全てを自分で決する傾向のある両者が、相互に共鳴し合うものを持っている証のようなものだし、何よりも、そんなプーチンの動きに翻弄されているように見える、バイデンの無能ぶりを指弾したいのだろう。

確かに、巷間、このロシアのウクライナ政権転覆の試みに、米欧は有効な抑止策を持たず、バイデン大統領の対ロシア姿勢にもブレが見られる、と批判されている。だが、筆者としては、そうした見方は米国の基本方針を見誤っている、と指摘したい。米国の基本方針が、ウクライナのことは欧州の同盟諸国、とりわけドイツやフランス、英国が前面に出るべきで、彼らの強硬の度合いに応じて、米国も同程度の強硬姿勢で後ろ盾となる、というものだと理解するからだ。それが、トランプ以降の、米国ファーストの立場なのだ。そしてこの見方が正しければ、太平洋局面での対中姿勢についても、同盟国日本への米国の注文は、その分だけ強くなる可能性が大きくなろうというもの。日本国民としては、日本の外交に、米国の要求を満たしつつ、中国とも対話のルートを持ち続ける。そんな、“しなやかさと強かさ”を求めたい所以である。

 

ここまで急展開した、ウクライナ情勢悪化が、短期で終息するとは考えられない。逆に言えば、長期化すればするほど、プーチン優位が減価して行く。欧米とロシアは、そんな時間のメリットを奪い合うレースに、既に突入したのだ。今回の事象が、新冷戦の端緒だと理解する所以である。そんな目で、ユーラシアの東を概観すれば、台湾が、ウクライナでロシアが取ったと同じ類の行動を、中国が取るのではないか、と警戒心を露わにしている。それに対し、中国は強く反発する。“中国は自制する”との意思が、その反発の中に含まれていることを、筆者として望んでやまない。2022年2月15日、ロシアは日本海とオホーツク海で、艦船24隻を動員しての演習を行ったが、それには中国は参加しなかった。不参加は、オリンピック開会中だったからだろうが、それ以上の意思がそこにあったと信じたいものだ。

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