鷲尾レポート

  • 2022.04.13

NATOの苦悩;チェンバレンになることを嫌い、しかし、チャーチルにもなれなかった

4月12日の日経朝刊に、「欧州、対ロ安保網を強化」との、興味ある記事が出ていた。趣旨は、NATOや米国だけに頼らない、独自の安全保障体制の強化だとのこと。具体的には、NATO とEU、その両方に加盟しているデンマーク、オランダ、エストニア、ラトビア、リトアニアの5カ国、加えて、NATO非加盟のスエーデン、フィンランドの2カ国、更にEU非加盟の英国、ノルウエー、アイスランドの3カ国、都合、欧州の10カ国で、ロシアの脅威に対抗する合同遠征軍を創ろうといったものだという。

 

***上記とは別に、同じ4月12日、スエーデンとフィンランドの首相(二人とも女性)が共同記者会見で、それぞれの国が、従来の伝統的政策路線から離れてNATO加盟を申請するかどうか、近日中に結論を出す旨、公表している。

 

確かに、今回のロシアのウクライナ侵攻は、NATO非加盟国にとって、同機構が充てにならない存在だと、白日の下に知らしめる結果となった。ロシアがウクライナ侵攻を準備している、との情報が飛び交っている最中、当のウクライナは、何度も、NATO加盟の願望を公言していた。そんな中、ロシアはNATOに対し、ウクライナの加盟を認めないよう、これ亦何度も警告を発し、それに対し、NATOは「加盟の是非は、当のウクライナの決めること」と、ロシアにとって、にべもない返事を繰り返した。

 

結果は、既に周知の如く、NATOは、条約第5条を楯に、今なお加盟国でないウクライナへの直接の安全保障網の提供は出来ず(或いは、やらず)、易々とロシアのウクライナ侵攻を許してしまう。今にして思うと、NATOの当初の原則論的姿勢は一体何だったのだろうか…。

だから、NATO 非加盟の多くの国が、自国の安全保障策を何らかの形で補強しておかねばと考える理由も良く解るのだが、敵対相手が核保有国ロシアである現実はどうあがいて否定できず、だとすれば、加盟国間の相互安全保障義務のあるNATO流の規約に縛られない、上記のような合同遠征軍に、外交的機能以外の、実効性が期待出来るのか、小生のような軍事の素人には、疑問が払拭出来ない。

 

それにしても、今回のロシアのウクライナ侵攻の際の、諸々の出来事は、中東欧諸国が第一次・第二次大戦中に経験した教訓が、殆ど風化している様を浮き彫りにしたようだ。例えば、ナポレオンが、そして後年にはヒットラーが、モスクワ遠征の際に陥った苦境を、現在のロシアがそっくり繰り返している。

あの当時、春が近づいたロシアの地は、雪解けのため泥濘と化し、ナポレオンやヒトラーの軍勢を如何に悩ませたか…。それと同じ轍を、今度はロシアが経験している。春先、ウクライナの地で、泥濘んでいないのは、舗装された正式の道路だけ。その道路を、ロシアの重戦車が一列縦隊で過ぎて行く。これではウクライナ軍の格好の射的になるのも宜なるかな(その泥濘も、初夏になると消えてしまう。ウクライナにとって、それは絶対的に不利なこと。ユーラシアのような自然環境の厳しい地では、戦況は季節の推移によっても左右されてしまうものなのだ)。

 

ロシアとウクライナの停戦協議も、同床異夢のまま、再開されたり休止されたり。これなども、第二次大戦の切掛けとなった、ヒットラーのチェコスロバキア領ズデーテンランド割譲を巡る、ミューヘン協定を彷彿とさせる。英国の当時の首相チェンバレンは、ドイツのヒトラーと差しの会議を行い、融和を達成したと一時的に評されたが、ヒットラーの野望は、ズテーテンだけで終わるものではなかった。むしろ同会議は、これまで同様、ヒットラーが「ドイツの望むものを、平和的手段で手に入れた」ことで、国内のナチ人気を一層盛り上げることに繋がってしまう。

現在のプーチン大統領のウクライナとの停戦交渉の目的が、取り敢えずの停戦だけだと信じている、お人好しの人は殆ど皆無だろう。ミューヘン会議の後に、ドイツのチェコ併合が続いたように、恐らくは、少なくとも、先のクリミアに続く、ウクライナ領の一部がロシアに編入される事態となるシナリオの蓋然性が大きかろう。

事実、同じ4月12日、プーチン大統領は、滞在先のシベリアのロシア宇宙基地での記者会見で、「交渉はデッド・エンドに達した。現在、ロシアの侵攻目的は、ドンバスなどウクライナ南東部地域に限定されている」と、初めて侵攻対象地域を限定したが、それが本意かどうか、米紙NY Timesなどは、疑念を呈している。つまり、停戦の未だその先には、ウクライナの国家そのものの消滅と言った、当初にプーチン大統領が示唆していたような、過激なシナリオが続いているかもしれないのだから…。

 

***それにしても、この時期、プーチン大統領が、核兵器のスイッチ・ボタンが入った鞄をチラチラさせながら、シベリアにある宇宙基地を訪問していることも、何やら意味がありそうな…。考え直せば、同じ時期、米海軍と日本の海上自衛隊が、当然ロシアへの牽制も指向しながら、北朝鮮対策を名目に、太平洋で共同演習を実施したりしているし…。

 

更に付記しておけば、ロシアが侵攻の名目として、ウクライナ領内のロシア系住民保護を名目にしたところなども、ドイツがチェコ侵攻を匂わせた時、第一次大戦で消失したオーストリア・ハンガリー帝国内に取り残されたドイツ系住民保護(例えば、上記のズデーテンのドイツ系住民など)を名目とした歴史的事実と重なってくるはずだ。チェコ領内のドイツ系住民の不満については、多くの研究成果がある(チェコという国が新しく出来、それ故に、国民意識の醸成のためにも、新政府が、それまで劣位におかれていたチェコ系住民の地位向上を図った政策が、それまで優位にあったドイツ系住民の不満に火を付けた等など)。同じ様なことが、恐らく、ウクライナ領内のドンバスなどのロシア系住民の不満の基ともなっていたのだろう)

 

上記のような話しを、長々と繰り広げていくと、際限がないので、八卦のような、筆者の直近予測で小論を締めくくっておこう。

上記プーチン発言のように、現在(4月13日)では、ロシア軍が戦略目標を切り替え、ウクライナの首都占拠から、南部地域一帯の制圧に力点を移したとされる。

この点に軍事オタク的な焦点を当ててみると、南東部のロシア支配地域に対する防御前面には、ウクライナの最強部隊が配置されているらしい。私見では、プーチン大統領は恐らく、その防御部隊を南からと北東から、ロシア軍に攻囲させ、出来れば殲滅すること狙っているのではなかろうか…。

殲滅させ得なくても、同軍を攻囲して脱出不可能な状況を作り出せば、ロシア主導での停戦交渉がやりやすくなる。亦、もし殲滅できれば、ロシアは占拠したウクライナ南部一帯を実効支配したまま、一方的に停戦を発表する、そんなシナリオもある。恐らく、前記プーチン発言は、そんなシナリオを描いているのではないか。

もし、そうなら、そのロシアの動きなども亦、ヒトラーがソ連に侵入した際、赤軍主力を蟹の鋏のように取り囲み、殲滅しようとした作戦と類似していることに気がつくだろう。当時のドイツ軍は、その攻囲作戦を完遂出来ず、逆にスターリングラードで赤軍に逆攻囲され、白旗を揚げたこと、歴史の示す通りなのだから…。

つまり、仮にそうしたシナリオを背景に見て行けば、現状、唯でさえ不利なウクライナ軍が、一層不利な状況に追い込まれないため、NATOや西側から、攻撃用の武器供与を如何に熱望しているか…。本能寺前の明智光秀の心境のように、ウクライナ大統領の心には、「時は今」の焦燥感が満ち溢れていることだろう。

西側からの武器供与の時期は、まさに今であり、そのウクライナからの要求に、嘗てプラハの春でソ連戦車に蹂躙されたチェコやスロバキアが応じ、ポーランドがそれら戦車の領内通過を許している状況は、近過去の歴史を知っていれば、容易に理解出来ることではなかろうか…。筆者も、こんな戦況だと理解するが故に、本エッセイに、表記のようなタイトルを付けたのだが…。

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