鷲尾レポート

  • 2022.05.05

ウクライナ、プーチンの戦争からバイデンの戦争へ

それにしても古い法律が持ち出されてきたものだ。米議会上院は4月上旬、そして下院も亦4月下旬、1941年武器貸与法の内容を修正して、それぞれ可決、これで近々、バイデン大統領が署名、同修正法が成立することが確実になった。

 

歴史を紐解けば、80年余も前のこと。欧州諸国がヒットラーに蹂躙されていく中、海峡一つを隔てた英国で、チャーチルが必死の思いで米国の参戦を、それが無理でも米国からの武器供与をと、ルーズベルトに要請していた。あの当時の米国民は、英国支援には賛成していたが、今と同様、米兵の戦線投入には消極的だった。そんな雰囲気の中、ルーズベルトが議会を説いて、成立させたのがLend-Lease ACT of 1941。その修正が今般、当時のドイツと戦う英仏ソ連ではなく、ロシアと戦うウクライナ支援を目的に、超党派で成立したのだ。

 

あの頃にタイムスリップしてみれば、ルーズベルトが執った措置と、バイデンが今執っている措置の類似性が、否応なく頭に浮かぶ。

この武器貸与法に先だって、ルーズベルトは1939年、年頭の一般教書演説で、日独伊を侵略国家と特定、併せて、米海軍の主力を、英国の同意の下、大西洋から太平洋に移動させた。これなどは、太平洋の英国権益を米国が代わりに守り、そのために張り付いていた英国艦隊を大西洋の対独戦に回す意が含まれていた(つまり、あくまでも、前面には英国が立っていた)。

更に同年、中立法を改正して、米国企業が英仏に武器を売ることを可能にした。そして翌40年には、イタリアがフランスを攻撃した機会を捉え、英仏への物資支援を本格化させ、直後には、米国の海空軍基地を建設するため、インド洋や大西洋にある英国領を租借し、代わりに老巧化した米国の駆逐艦50隻を英国に供与するなどの手を打ち、その仕上げとして、上記の武器貸与法を成立させたのだった。1941年には亦、ルーズベルトは、米国が当時依然として、中立国であったにもかかわらず、“異例ともいうべき”指令を、自国の海軍に発出している。曰く「ドイツ潜水艦の所在を探知して、英国海軍に知らせよ」と…。

 

こうした徐々に、しかし当事国の抵抗が熱の入ったものであることを見極めると、その熱の入り具合に応じて着実に、米国が戦争の全面に立つ。こうしたルーズベルト流のアプローチこそ、今バイデンが採っているウクライナ支援――当初、ウクライナに各種防御用武器、サイバーテロ対策用装置や専門家等を送ったが、侵略への実際の抵抗はあくまでもウクライナに任せる。その後も、ロシアへの対応は、表面的にはNATOが受け持ち、内実ではロシアに痛めつけられた傷の大きなチェコやスロバキア、或いはポーランドが前面に立つ。彼らが目の前の現実に本気で抗し始めて、初めて米国自身が前面に出る――のやり方なのだ。

こうした情勢の推移を見極めて、4月25日、米国の国務、国防両長官がウクライナの首都を秘密裏に訪問、ゼレンスキー大統領と会談の後、事後、記者団に米国のウクライナ支援の強固さを説明した。とりわけ具体的だったのは、オーティン国防長官の“Ukrainians have the mindset that they want to win, We have the mindset that we want to help them win. We want to see Russians weakened to the degree that it cannot do the kind of things that it has done in invading Ukraine…We want to see them not have the capability to very quickly reproduce that capability”という発言だろう。この発言には、前述した米国の考え方が、見事に表現されているではないか…。この日の会見で、両長官はウクライナに向かって、「勝利、成功」という類の言葉を10回以上連呼している。

 

一方、前記武器貸与法成立を伝える記事の中で、ニューヨーク・タイムズは、更に、以下のようにも記述した。「米国議会は既にこれまで、ウクライナ関連で、136億ドルの支援を与える法案を可決済みだが、それに加え、大統領が、新たに330億ドルの支援を与える旨を表明、この支援増には、議会内では超党派の支持がある…。この方針が、遅かれ速かれ、議会で受け入れられれば、ウクライナ関連での米国からの支援額は合計で466億ドルにも達する…。ロシアの年間の軍事予算が660億ドルであることを勘案すれば、そして欧州諸国も今後一様に、ウクライナ支援の関連予算を増やすことを考えれば、バイデン大統領のこの方針によって、ロシアへの重圧は否応なく増すだろう…」。

そして同紙は次のようにも付記している。「この追加支援は、本年度の会計年度の終わる、9月までに支出されることになる」。つまりは、そうした時間枠が示唆するのは、バイデン大統領が、ウクライナ戦争が即時停戦する可能性は低く、少なくとも9月頃までは続くと見做している、との認識だろう。

 

そして、事態がそれほど長く続くと観るならば、政治に従事する者なら誰でも、ウクライナと米国内の選挙(11月)とを関連付けないはずがない。

ウクライナ問題が派生する以前、中間選挙予測の多くは、上院での民主党多数は崩壊、下院でも同党は多数派を失う、という見方が一般的だった。そして今日、中間選挙まで既に6ヶ月を切っている。

民主党のバイデン・チームが、そんな国内の政情を十二分に意識しながら、超党派の支持のあるウクライナ支援を上手く使う術を、選挙戦術としても、採用しないと考えるのは、あまりにも純粋無垢だろう。

そう考えると、ウクライナ問題では、超党派合意のある政策を次々と打ち出し、何かと問題発言を繰り広げて共和党内に波紋を立てている、トランプ前大統領の共和党内での勢いを削ぎ、以て、あわよくば共和党を割る(最近では、次期大統領候補の座を狙う、ペンス元副大統領のトランプ離れが顕著)。たとえ、それが出来なくとも、民主党候補と共和党候補の争点を少なくし得たなら、その分、民主党の不利の度合いが減じる道理。ウクライナ支援は、そんな争点目眩ましにも使えるのだ。

バイデン大統領が、ウクライナからの避難民を10万人受け入れると表明したのも、穿った見方をすれば、選挙時、争点になりそうな不法移民問題から一次的にせよ有権者の目をそらす効果を期待してのことかもしれない。或いは、ガソリン価格高騰が米国有権者の反発を買うことが次第に眼につき始めると、米国石油会社のロシア通貨での石油代金授受を、ロシアの中央銀行のドル預金を減じさせる方法で認めるといった、ある種、自分で出した方針に、バイデン政権が自ら反する行為を採ってみたりするのも、その目的の一部に、国内選挙対策の匂いを嗅ぐのは、余りに穿ちすぎなのであろうか…。

更に、民主党のペロシ下院議長が、ウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に面談、米国のウクライナ支援の強固さを見せつけたりするのも、同党なりの中間選挙対策の一環だと見做すと解り易かろう。

 

いずれにせよ、上記のように概観すれば、ウクライナの戦争はプーチン主導で始まったのだろうが、今や、その主導権を握っているのはバイデン大統領になっている、と見做せるのではないだろうか。

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