鷲尾レポート

  • 2021.10.06

タイト・ロープの先、バイデン大統領を待つ千仞の谷

昔、子供の頃唄った、滝廉太郎の「箱根八里」に、こんな文句があった。「箱根の山は天下の険…、万丈の山、千仞の谷…」。

9月以降のバイデン大統領は、来年11月の中間選挙への思惑を強めている議員達を前に、綱渡りの政局運営を余技なくされており、だからこの歌が、米国議会という山の、尾根の細道をとぼとぼと歩く大統領の姿と、ダブってしまうのだ。

 

この2ヶ月、バイデン大統領は数々の困難に直面している。8月後半のコロナ・ハネムーンの終焉。アフガン撤収の戦略的失敗(ミリー統合参謀本部長のコメント)。米国、オーストラリア・英国による対中攻囲網としてのAUKUS創設過程で生じた米仏間の軋轢等など。

 

一方、国内では、鳴り物入りの2つの法案(1兆ドルのインフラ投資法案と3.5兆ドルの社会政策法案)の最終成立迄の道のりが、与党民主党内の対立故に、未だ見通せていない。穏健派は1兆ドルの方が先だといい、リベラル派は3.5兆ドルが先だという。バイデン大統領は、現状、リベラル派の肩を持ち、先ずは社会政策関連法案の正式採択、次いでインフラ投資法案と、一応の順位付けを示したものの、この2本を共に成立させようとの意思は変えておらず、妥協のため、社会政策関連法案の規模を縮小させても良いとのメッセージすら送っている(規模を3.5兆ドル→2.3兆ドル)。だが現状、党内のリベラル派と穏健派の相互不信により、中々妥協の余地を見いだせていない。

 

更には、連邦政府の債務上限引き上げ法案(財務長官は、財務省の資金が枯渇するのは10月18日以降、と延べている)も、大きな政府に拒否姿勢を貫く共和党の反対に会い、議会内で立ち往生。そんな中、9月から始まった新年度の予算手当に関しては、当面、12月3日迄の暫定予算採択で時間稼ぎをしている状態。

 

もっとも、バイデン大統領自身、「(上記)2つの法案を共に成立させることは自明:just reality」だ、と述べてはいるが、どうも本音では、その2つとも、今直ぐの成立でなくても良いと、思っている節がある。

大統領や民主党にとって、来年の中間選挙の年にこそ、大型予算成立の経済効果が出るのが望ましい。トランプ前大統領が、任期前半で大型減税法を成立させ、必ずしも必要なかったタイミングで経済を刺激してみたものの、肝心の再選選挙時には、その効果も薄れ気味となっていた事実を、バイデン大統領は、十二分に学習していると思われるからだ。だから、2本の法案成立は、10月の末、或いは11月にずれ込んでもかまわない…。

 

とはいうものの、アフガニスタン撤退の際の失敗以降、バイデン大統領への支持が低下してきているのも事実で、とりわけその低下は、民主党のコア支持層(女性、若者、黒人、ヒスパニック)で顕著だという(NYタイムズ、10月3日付け)。もちろん、大統領側近筋は、この低下を一時的なものと見做し、上記2本の法案が成立すれば、挽回は充分に可能とも考えているようだが…。

更に解釈を付け加えれば、バイデン大統領が、前述の2つの法案の内、リベラル派の戦術に傾いたのも(社会政策関連法案を、手続き的に優先)、このような世論調査結果を見て、リベラル色の濃い支持層へのアピールを優先したものとも解されるのだ。

 

そうした諸事情に加えて、大統領の頭を離れないのは、来年の選挙に際し、必然的に実施される連邦下院議員の選挙区調整だろう。

米国憲法は、連邦上院議員は州代表、下院議員は人民代表と位置づけており、その人民代表を選ぶ選挙で、「有権者の一票の重みに差があってはならない(One Person, One Vote)」との原則が、連邦裁判所の判例で確立されている。そして、その有権者の1票の重みの調整は、10年ごとの人口センサス結果を、連邦下院議員の総数(435名)を変えずに、各州に割り振られる下院議員の数を変えることによって、成し遂げる仕組みに依存する。

 

そうした眼で、2020年に実施された米国の人口調査を概観すると、これが実に興味深い。同年4月1日時点での、米国の総人口は3億3144万9281人。2010年センサス比で7.4%の増加だった。人口増加(2300万人)が顕著だったのはヒスパニック、アジア系、そして黒人で、白人は史上初めて、絶対数で減少している。白人の総人口に占める比率そのものの減少は、これまでにも見られていたが、絶対数が減少したのは、文字通り、史上初。

 

米国の出生率はリーマン・ショック以降低下を続けているが、特に直近の6年は、低下が継続して起っている。これに、近年、移民の受け入れが縮小したことが相俟って、米国の2010年代の人口増加率が、1930年代のそれ(対1920年比7.3%増)」に次ぐ低さになったという次第。

 

更に亦、人口の一層の都市集中も明らかとなった。商務省センサス局の発表では、今や米国人の86%が都市部(メトロポリタン)に住み、8%が人口1万~5万の小都市(ミクロポリタン)に住んでおり、農村部に住むのは僅か6%に過ぎない。

 

そして、こうした人口変動は、当然に、州代表としての上院、人民代表としての下院に、選出基盤の変質という意味合いをもたらすことになる。

上院は、分析が複雑になるので、此処では省くが、人民代表たる下院議員に関しては、少し詳細に述べておかねばならない。

現在、下院での民主党優位は僅か3議席。加えて、大統領選挙の間に行なわれる中間選挙では、下院では、政権党が負けるのが常だとのこと(2018年40議席減、2014年は13議席減、2010年は63議席減等など)

今回のセンサス結果で、割り振られる下院議席が増えるのは6州。減るのは7州。前者は、テキサス(2議席増)、コロラド、フロリダ、モンタナ、ノースカロライナ、オレゴン(それぞれ1議席増)。後者は、カリフォルニア、イリノイ、ミシガン、ニューヨーク、オハイオ、ペンシルバニア、ウエストバージニア(それぞれ1議席減)。

 

これら13の州では、各選挙区をどう設定し直すか、の作業を開始しなければならない。そして、その線引きの権限は、それぞれの州議会が持っている。だから、当該州の知事や多数派を、民主・共和のどちらの党が持っているかが決定的に重要となる。

そして、こうした線引き作業は、上記13州では既に始まっており、現時点では、共和党が5議席増を確保するのは確実だという(NY タイムズ9月20日)。つまり、議席と選挙区調整だけで、下院での民主党の優位は失われてしまう可能性大、という計算になる…。

民主党穏健派は、総じて共和党支持者の多い選挙区を基盤としており、だからこそ、共和党でも賛成者の多い、インフラ整備法案を先に採択すべしと主張し、反対に、民主党支持者の多い選挙区選出議員が、押し並べてリベラルな、社会制度法案を先にすべしと主張する、そうした対立も、上記のような選挙区調整を頭に入れておくと理解しやすい道理であろう。

いずれにせよ、このような各種困難が続くと予想するが故に、バイデン大統領の行き先に千仞の谷、と記した所以である。

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