試論シナリオ、「ウクライナ戦争、停戦協定への途」
8月に入って、ウクライナを巡って伝えられる情報の風向きが、少し変ってきた。それまでは、「ロシア軍、東部ルガンスク州制圧」とか、「ルガンスクと併せて、隣接のドネツク州の大半も制圧、ロシア軍は東部ドンバス地域の8割を抑えた」等など、ロシア優勢を示唆する情報が多かったが、最近では逆に、ウクライナの反転攻勢、とりわけクリミア半島に近い南部ヘルソン州などでの攻勢を、伝えるものが多くなっている。
現在は、戦場での実際の戦いと情報戦が同時進行している局面、まして遠く離れた日本で、しかも特段のネタ源もない素人が、それら“情報”をベースにあれこれと考えても、実態に迫れるわけもなし・・・。ということで、ここは一番、今流行の、ゲームソフトのエンジニアにでもなったつもりで、「ウクライナ戦争、停戦協定への途」と題するソフトを独自制作するための、諸々の条件を、無い知恵を絞って考えてみることとする。
(1)事前の認識:今回のロシアのウクライナ領侵攻は、実際の侵攻以前から、かなりの程度準備されていた。もちろん、米欧は、それを知っており、それに先立つサイバー・テロ活動を阻止するため、“公然と”ウクライナに専門家集団を派遣していた。そこには、“派遣を公然化する”ことで、ロシアの自制を促そうとの目論見も、当然に、あったはず。亦そこには、米国の大手ハイテク企業からの、技術要員の派遣も想定されていた。そうした前提の下、本年2月の北京オリンピックを迎える。
だが、ドーピング問題のため、国としての代表派遣を認められていなかった国、ロシアの、プーチン大統領が大会開会式に出席するなど、筋違いも甚だしい事態が発生。だから、バイデン大統領他、西側の首脳はこぞって、開会式には出なかった。裏を返せば当時伝えられた、ウクライナ国境に配属された10万とも称される、ロシア軍の動きを考慮し、万が一に備えての、ウクライナ側に立った対ロ非正規戦の準備に怠りがなかったのだ。と同時に、それと知りながら(?:ロシアのウクライナ侵攻後、同国にいた中国人の避難が遅れた理由を巡って、中国が知らなかった説から、知っていたが、早期に決着がつくと思っていた説まで、推測の幅は大きい)、ロシアをオリンピック大会に招いた中国への、米欧の不信も否応なく増してしまう。
(2)ロシアの準備:侵攻に先立って、ロシアはウクライナ国内の親ロシア派勢力との十分な連携を創り上げようと準備し、更に、ウクライナ政府の中枢機能を麻痺させるべく、サイバー攻撃や指導者暗殺計画なども練っていた。
恐らくは、そうした諸前提で、ロシア軍は机上演習を実施、結果、充分に勝機はあると観て、プーチン大統領の許可を得て、実際の侵攻踏み切ったのだろう。かくして、北京オリンピックが終了した直後、ロシア軍は、国境を接するウクライナの北部・東部・南東部から一斉に侵入した。ロシアの事前計画では、その時には、ウクライナ国内の親ロシア派も、ウクライナ軍阻止のため連動するはずだった。
しかし、実際には、そうはならなかった。予め準備完了していた米欧の、非正規戦体制やサイバー防衛準備が奏功して、ロシア側の事前想定通りには、計画が進展しなかったからだ。結果が示すところでは、ゼレンスキー大統領の暗殺計画は頓挫し、情報漏れで、さもなければ成功していたはずの、首都近郊の空港制圧作戦も失敗、奇襲部隊が大打撃を受け、キーウ制圧はならなかった。
加えて、西部ドンバス制圧作戦も、計画通りにはいかなかった。ウクライナ軍が、ロシア軍の物資輸送ルート上のインフラを水没させ、或は、爆破したためだ。結局、ロシア軍はドンバス地域を力任せに制圧しなければならなくなった。それが、冒頭の「東部ドンバス地域の8割を抑えた」との情報となるわけだ。
ウクライナ側が唯一失敗したのは、南部のヘルソン州へのロシア軍の侵攻阻止だろう。付近を流れ、ヘルソン州南部とウクライナ本領を繋ぐドニエップル川に架かる橋の破壊が遅れたからだ。恐らくこの遅れは、キーウ防衛で手一杯だったことや、動員可能兵力の不足、ヘルソン州住民への避難勧告の遅れによるものだろうが、更には、ロシアが自国領土に編入したと主張する、南部クリミアに近い地域での戦闘は、ロシアの攻撃意欲を一層刺激するとの配慮が働いたからかも知れない。もしそうなら、この時点では、ウクライナは未だ、クリミア奪還は、この戦争の視野に入っていなかったことになる(だが、最近では、奪還を口にする、ウクライナ指導者も増え始めている)。
(3)NATO諸国の反応:ロシア軍の侵攻直後のNATO諸国の反応も素早かった。それはある意味、当然だろう。米欧からの事前情報が、行き渡っていただろうから・・・。もし、ロシアの机上計画通りにいっていれば、3方面からウクライナに侵攻したロシア軍は、一気にウクライナを席巻、西の隣国ポーランドは、そんなロシア軍と直接対峙を余技なくされたはず。どのNATO諸国より早く、ポーランドやチェコがウクライナ支援に着手したのも、そんな直接の脅威故だろう。その背後には、両国が第二次大戦でドイツに同じような目に遭わされたという歴史が大きな影を落としている。前提として、強調しておきたいのは、NATO諸国がいずれも、ロシアの意図をかなり正確に予め知っていたことなのだ。
(4)米欧の思惑:ロシア軍の、侵攻が始まってからの1ヶ月余は、NATOの中でもポーランドやチェコの動きが目立った。所有している旧ソ連製の戦車をウクライナに供出し、砲弾を提供、ウクライナ難民を積極的に受け入れ・・・。勿論背後には、米国がいた。米国は、それら諸国の動きを支持し、供与した旧式武器の代わりに、米国産の新型武器をこれら諸国に供与、以て、NATO軍の武器性能の向上と軍事システム統一とを、この際、一気に進めようとした。
そして4月後半から5月になると、ウクライナに米国やドイツなどが、新型高性
能の戦場用途向きの武器を、当初は防御用を、後には攻撃用も(但し、それでも射程距離がロシア国内深くには届かないものを選んで・・・)、それぞれ供与する話を進め始める。
それらの下交渉が結実し、ドイツがウクライナに最新防空システム(短距離対空
ミサイル、IRIS)の供与を決め、米国が多連装ロケット砲(MIRS)の供与を決め、それらを公表したのは、いずれも6月に入ってからのこと。この頃、ウクライナはしきりに、6月が反転攻勢の時期と公言している。
だが、6月には、反転攻勢は実現できなかった。理由は、最新式のシステムや武器は、使いこなすまでに十分な訓練期間がいるためだ。NY TIMESは、この間の事情を“Potent Weapons Reach Ukraine Faster Than the Know-How to Use Them”(6月6日)と題する記事で、詳細に紹介している。英国が、ウクライナの新兵を自国で訓練し始めたのも6月頃。訓練期間は4ヶ月。毎回、1万人が対象だという。
(5)国の存立が掛かる地域:ウクライナにとって、南部海港オデッサの死守、或は、クリミア半島隣接の南部州を維持し続けることは、黒海へのアクセスを確保し、国の経済的自立を保持し続けるための死活的条件。フランス外務省の高官(the general secretary of the French Foreign Ministry)も、「軍事的にはオデッサが鍵だ」と指摘している(NY TIMES 8月19日)。
ドニエップル川は、ウクライナを東西に分断する形で流れ、更に、南部では、ヘルソン州を南北に分ける形で流れている。ヘルソン州の州都ヘルソンは、その川の北側に位置するロシア占拠の唯一の主要都市。それ故、ウクライナ軍の南部での反攻が、取り敢えずは、この川の北側に集中しているのも、極めて理にかなっている。
亦、ロシアが、住民投票によって自国に編入したと主張する、クリミア半島、その内部での、ウクライナ側のロシア軍攻撃が、クリミア内の反ロシア・ゲリラの手で為された形を装っているのは、ウクライナが、現時点での戦争を、領土防衛戦(つまり、クリミア半島には手を付けず)という範疇に収めて、本格的な対ロ戦にまで拡大させないための、窮余の策だろう(しかし、こうした自制がいつまで続くかわからない。亦、ロシアがその種の弥縫策を何時まで認めるかもわからない)。
そうした事情故、戦場では、ウクライナとロシア、双方が依存する戦術ルールにも非対称性が観られる。ロシアが自国領土内からウクライナにミサイルを発射出来るのに、ウクライナはロシア領土内には攻撃を仕掛けられないのだ。だが、仮に、ロシアがウクライナ側のクリミア半島内のロシア軍攻撃を、ロシア領土への攻撃と見做す立場を鮮明にすれば、ウクライナとて、自国内からロシア領へのロケット攻撃を開始する可能性なしとは言えない。
(6)プーチン大統領の思考:軍にウクライナ侵攻を命じる3日前の演説で、プーチンはオデッサを話題に取り上げ、同地の犯罪者たちを捕らえ、彼らに法の鉄槌を加えるべきだ、と述べた由(同上NY TIMES8月19日)。こうした言動から推測されるのは、プーチン大統領の頭の中には、ウクライナ国境といっても、所詮は旧ソ連時代のフルシチョフが改めた、行政管区の再改正ぐらいの意識しかないのでは、ということだ・・・。
仮に、そうした推測が間違っていないとすると、そこには、日本が竹島や尖閣で、韓国や中国から浴びせられる批判と同じ構図(誤った歴史認識VS国際法)が存在するのではないか・・・。ロシアがウクライナを、「お前の歴史認識は間違っている」と糾弾すれば、ウクライナは「国境線は国際法で認められたもの」と反論する、といった案配。
いずれにせよ、当初のプーチン大統領の思惑は、ロシアが侵攻によってウクライナ政府を倒しさえすれば、後には、傀儡政権が出来る。そうした前提の下では、ロシアとNATOとの間に、緩衝地域として、傀儡ウクライナが出現、その傀儡政権に、オデッサに何らかの形でロシアの影響力を増す措置を認めさせれば、全てが完了。要は、そんなイメージがプーチン大統領の頭の中にあったのではないか・・・。
そんなプーチンの意図をわかっているからこそ、ウクライナは、南部州に固執、執拗にロシアの黒海艦隊を攻撃し、艦船を破壊すると共に司令官も殺害、自らの攻撃能力を見せつけているのだ。プーチン大統領はそのため、黒海艦隊の幹部を、少なくとも6名以上更迭せざるを得なくなっており(英国国防省筋)、この点、米欧からは、ロシア軍部の指揮系統が、クレムリンの政治関与で歪められているなどという、情報が出てくる素地ともなっている。
プーチン大統領は亦、戦線が膠着するたびに、新型武器の投入や、戦力増強体制の整備を図ろうとしてきた。例えば8月25日、大統領は、同国軍の兵員を13万7000人増やし【どちらかというと任期1年の契約社員雇用に近いやり方で】、ロシア軍の総兵力を、来年1月時点で、115万人とする命令に署名した(これは、これまでの兵員縮小指向を逆転させるもの。人員増加が達成されるかどうか、専門家は懐疑的。亦、その実現時期が来年1月というのであれば、プーチン大統領が、それぐらいの時間軸で、この戦争を考えていることをも意味する)。
プーチン大統領は更に、戦術核の使用可能性など示唆する発言も繰り返す。特に、この点で注目されるのは、ウクライナ南部の原発で、欧州最大規模とも称されるザボロジェ原子力発電所。現状は、妙な状況に陥っている。発電所で働く100名余のウクライナ人技術者を、原発を占拠したロシア軍が攻囲・監視する形で、謂わば、人質に取っている。こうした形で、プーチン大統領は、戦術核使用示唆と同じような威圧をウクライナや米欧に、与えようとしているとも観られるのだ。
実際、8月終盤には、同原発が外部からの攻撃に晒された(ウクライナはロシア軍の仕業だといい、ロシアはウクライナ軍の仕業だという)。6基ある原子炉の内、稼働中の2基への電力供給が、周辺発電所へのロシア軍の攻撃で途絶え、あわやのメルト・ダウンかという大惨事を引き起こしかねないに事態になったという。ウクライナの現場のエンジニアの一人は、惨事を避け得たのは、“By happy coincidence”だとNY TIMESの記者に語っている(同紙8月22日)。
いずれにせよ、こうしたウクライナ南部の原発を巡る動きは、国連の場で進行中だった核軍縮協定の改定交渉を頓挫させることにもなった。プーチン大統領が、ウクライナの戦場で戦術核を使用する可能性を仄めかしている時に、拒否権を持つロシアの反対を、国連が乗り越えることはほぼ不可能だったからだ。
(7)停戦交渉への機は何時熟するか:
○『冬将軍』―――ウクライナでは、ロシア軍が東部侵攻地域の大半を、依然として占拠している。こうした状況下、ウクライナは、東部ドンバス地域や南部ヘルソン州からの、住民の強制避難を始めた。尚数十万と見積もられる、同地域の残存住民たちを冬になる前に、早々と強制避難させようというのだ。それは勿論、ロシアが計画しているとされる“住民投票による占領地のロシア化”を阻止する手段でもあるかも知れないが、少し深読みすれば、ウクライナは、厳しい冬の到来を、反撃のチャンスとして捕らえており、その際に邪魔になる、住民たちを予め立ち退かせておく、そんな意図もあるのではないだろうか・・・。亦、「冬こそが勝負の時だぞ」とのロシアへの警告でもあろう。
○『戦線膠着』―――停戦交渉(もし可能なら・・・)の基盤は、戦線の膠着という事実がなければ、形成されない。「勝利は八割を以て満足すべし。勝ち過ぎたるは問題の種」とは、戦国武将武田信玄の言葉だが、ウクライナの戦場でも恐らくこの言葉、妥当するのではないだろうか。一方が勝ちすぎるのは、決して停戦交渉開始の基盤とはならないのだから・・・。
現時点で観れば、ウクライナの死者は総勢3万を超え、住む土地を離れた人々の数も1700万人に達するという。亦、国内インフラは破壊し尽くされ、GDPは35%も対前年比で減っている。
一方、ロシアの損害は、想定よりは少ないようだ。軍の死者は1万5000人、GDPの減少幅も対前年度比で6%程度の減少に止まる見通し。そうした意味では、ウクライナが受けている打撃は、ロシアのそれよりも遙かに大きい。だからこそ、ウクライナは、冬将軍の助けを借りなければならないし、ロシアは、冬将軍の到来までに、占領地のロシア化や、ウクライナへの精神的打撃を一層増加しておかねばならない。亦逆に、ゼレンスキー大統領は、既にこれだけの打撃を受けているのだから、そう易々とは、ロシアと停戦協定交渉には入れない。
○『主要支持国の国内事情』―――ロシアには中国が、ウクライナにはNATOが、そして、その中でも特に米国が、後見役ともいうべき座に着いている。
先ず中国だが、ロシア経済の中国依存は益々増大し続けている。天然ガスの多くを引き取り、貿易に伴う決済通貨(元)を提供し、輸入の多くを引き受けるようになっている。中ロ連携といっても、嘗て兄貴分だったロシアと、弟分だった中国とでは、その立場が今では逆転してしまっている。そんな中、習近平の中国は、近い将来の米中2極化の世界を、明白に目指し始めたように見える。その中国は、習3選決める重要な会議を控えている。
一方、ウクライナの後見役NATOは、「停戦交渉入りに関しての最終的決定はウクライナがするべきだ」との前提を取りながらも、域内は2つの陣営に分かれている。一方は、即時停戦が望ましいとする派だが。これにも「侵略開始時点まで国境線を引き戻す、或は、停戦交渉開始時点でのロシア保有領を認める、更には、時計を2014年まで巻き戻し、クリミア半島までも返還させる」の3つが議論としてはあり得る。他方は、「ロシアに侵略の代償を払わせるべきだ」とする強硬派。この陣営には、ポーランドやバルト3国。ジョンソン首相時代の英国も、どちらかといえば強硬派だった(新首相がどういう態度を取るか、これからの見所だが・・・)。この立場は、必然的に、議論としては、上記3説の内、クリミアをも返還、となるのかも知れないが・・・。
米国のバイデン政権は、究極の目標は停戦交渉、そのためのウクライナにとっての有利な条件作りを、支援の判断尺度にしているのではないか、というのが筆者の私見である)(軍隊を送らず、兵器のみを供与する、その姿勢そのものが、そうした立場を直裁に反映している)。NATO諸国には、支援疲れが次第に顕著となりつつある。そして、そんなことはゼレンスキー大統領も先刻承知。だから彼も、「勝利を得るには戦場で勝つしかないが、戦争を終えるには、交渉を通じてしか実現できない」と語っているのだ。
○『注目の11月』―――11月には冬将軍の到来の兆しが強くなる。戦線の膠着状態がもたらされる可能性も大きい。中国の党大会も終わっている。米国の中間選挙の帰趨もはっきりする。欧州への天然ガス供給事情もクリアーになる。
そんな目で、国際的な政治日程を見直すと、11月には、インドネシアでG20サミットが開催される。その場では、既に米中首脳会談が設定されているし、米ロ首脳会談も持たれる模様。日中首脳会談もあり得るだろう。ゼレンスキーも招待されるはず。要は、そんなスケジュール設定の背後には、ウクライナ停戦交渉への途へのシナリオが当然、描かれていてしかるべきではないだろうか・・・。
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