鷲尾レポート

  • 2022.09.22

習・バイデン、双方のレッドラインの間探り合い

バイデン大統領が、米国の台湾防衛を、再び明言した。

ワシントン発の情報に依れば、大統領はテレビのインタビュー番組の中で、「中国が台湾を攻撃すれば、米軍が防衛する」旨、明快に言い放った由。大統領の、この類いの発言は、これで4度目。最初は、就任後約半年を経た2021年8月、次いで10月、そして3度目は日本訪問中の本年5月。その都度、ホワイトハウスが、大統領発言を米国の公式見解でないと否定する構図も同じ。対して中国が、「国家を分裂させる、いかなる行動も容認しない」と反論する構図も亦同じ。

今回、同じTV番組の中で、バイデン大統領は更に、台湾の独立を巡って、「台湾が自身で決めることだ」とも突っ込んで発言、物議を読んでいる(米国は、これまでは、台湾の一方的独立には反対してきた。大統領発言は、この明白だった既定方針をグレーにするもの)。勿論、この発言も、直後には、国家安全保障会議でインド・太平洋問題を担当するキャンベル調整官の「米国の政策は一貫している」との説明で、既定路線の変更ではない旨、確認されてはいるが・・・。

何故、バイデン大統領は、“米国の公式見解と異なる”発言を次々と繰り返すのか・・・・・・。前回、この種の、台湾防衛発言をした際、筆者は「それは不用意な発言などではなく、意図的なもの」と指摘した(2022年5月31日「ゼレンスキーとバイデン、次第に近づく両者の立ち位置」参照)が、今回の場合も恐らくは、考え抜かれた末での発言だろう。

思うに、長いワシントン・キャリアーを持つ、バイデン大統領は「言葉が政治・外交の有効な武器であることを知り抜いている」。米国大統領の言葉が、相手国(この場合は中国)の関心事を直撃、故に、中国が、激怒して、発言の真意を問うてきた場合、或は、取り消しを求めてきた場合、その問い合わせや要求が亦、米国に交渉上のレバレッジをもたらすことになることを・・・・・・。

 

更に亦、別件にはなるが、今回の番組の中で、2024年の大統領戦に関し、「あなたの出馬は確固たる決断か」と問われたバイデンは、「それは未だわからない」と答えた由。今までは、再選に臨むと、再三主張してきていたのに・・・・・・。

これなども、11月の中間選挙がバイデン大統領への信任投票になるのを避けるための、対応策と考えると事情がわかり易かろう。高齢の大統領が、エネルギッシュに見えず、有権者に頼りなげに映るのを、誰よりもバイデン本人が知っている。だから、今回選挙が自分を標的とした信任選挙になれば、唯でさえ不利な民主党の立場を、一層不利化させてしまうかも知れない。だとすれば、ここは、そんなリスクは避けるにしかず・・・・・・。

 

しかし、こうしたバイデン流の言葉による揺さぶりも、流石に、こうまで度重なってくると、相手側中国の反応も、基本的に、落ちついたものになる。米国の意図が明白となり、何処にレッドラインが敷かれているか、わかってきているからだ(米国は、台湾に武力攻撃するなら介入する。中国は、台湾の分離独立に加担すれば、どんな対価を払っても戦う)。

 

中国の習国家主席は、対米姿勢を“これ以上強硬化”させる素振りを見せない。

9月15日、ウズベクスタンでの上海協力機構、その中ロ首脳会談での席上、プーチン大統領が極端に中国傾斜を演ずる中、習主席は、「中ロそれぞれの核心的利益に関する問題で、両国は互いに力強く支持し合う云々」といった原則論を述べたが、それ以上の軍事的対ロ支援には一歩も踏み出そうとはしなかった。

更に、中国は、ロシア首脳との会談後の共同声明すら出さなかった。報道では、同日のプーチン大統領出席の夕食会にも、習主席は欠席したという。恐らくは、その理由も、これまでの度重なる米中高官会議を経て、米国の“ウクライナ情勢と台湾情勢とを同一視する見解”を知り、中国のウクライナ問題への“のめり込み”が、下手をすると、台湾への米国の一層の“のめり込み”を惹起しかねない、と懸念したからではないのか・・・・・・。仮に、そういう見方が、当らずとも遠からずだとしたら、ウクライナでの中国の行動の奈辺に、米国がレッドラインを敷いているか、中国にはわかっている、ということになるわけだ。

 

もっとも、そんな中国の、中ロ蜜月を曖昧にする態度の中でも、習主席は、ロシアの中国接近熱を利用して、ちゃんと実利だけは取っている。たとえば、同じ15日、中国海軍は太平洋で、ロシア海軍と共同で合同パトロールを開始したが、そうした報道はもっぱらロシア側から漏れ出るばかり。ロシアにとって、ウクライナ戦争での米国の東からの圧力に備えるためだろうが、この類の海軍演習、中国にとっては台湾有時への備え以外の何物でもあるまい。こうした使い分けも、筆者には、自国の核心的利益である台湾に関しては、中国はロシアを最大限利用し、ロシアの核心的利益ウクライナに関しては、程々の付き合いに止めようとしている、と見えて仕方がない。もっとも、こんな習主席の姿勢を、米国は読み切っている様子。要は、米中双方共にしたたかなのだ。

 

ハーバード大学のグレアム・アリソン教授は、「中国のような新興大国と、米国のような既存の覇権国との間では、“構造的に深刻な対立が避けられない”」と指摘する。もっとも、同教授によると、「嘗ての東西冷戦も、お互いを戦火で破壊し合う、そういった意味での戦争ではなく、広義の競争だった」とのこと。

確かに、習近平登場以降の中国は、偉大な中国夢を描き、米国との間での新型大国関係を標榜するなど、経済力を背景に、国際政治の場で、巨大化した自らにふさわしい立場を明確に求めるようになった。そしてこれが、トランプ以降の、米国の政権にとって、対中脅威観醸成の土壌となったこと、否定のしようもあるまい。

 

バイデン大統領が、就任直後から、前任のトランプ路線を踏襲し、中国を“米国にとっての、最大のライバル国”と明確に位置付け、それまでの、民主党オバマ路線(戦略的忍耐で自制し、中国が国際社会に、責任あるstakeholderとして、座を占めるよう求める路線)から、対中強硬の方向に一歩踏み出し、中国を競争フレーム(敵対フレームではない)の中に押さえ込もうとする路線に転じたのは、このような沿革による。

 

だが、そのバイデン政権の対中認識も、嘗て1980年代に、レーガン大統領が当時のソ連を“悪の帝国”と決め付けたほどの敵対感までには至っていない。それ故、中国の行動が、米国が設定した、強硬ながらも、本質的には競争のフレームから逸脱しないように、バイデン政権は、時には態度で、時には外交上の言葉の警告で、牽制し続けているのだ。恐らく、中国が、米国の描く、そういった競争フレームから這い出ようとし、“力を行使”しようとする時、米国の目には、中国が米国のレッドラインを明白に超えた、と映ることだろう。そして、中国も、米国のそんな思考を、恐らくは熟知している。

 

****話は変るが、最近、米国議会上院外交委員会が、台湾への武器譲渡法案(台湾政策法案)を可決したと報じられている。これを伝える日本経済新聞の記事を引用すると、「これまで売却の形を取っていた、台湾向けの武器供与を、今後は譲渡の形でも実施出来るようにするとか、台湾を主要な非NATO同盟国に指定するとか、防衛装備品の共同研究・開発などを可能にするとか、台湾への敵対行為が見られれば、中国の主要金融機関に制裁発動を政府に要求する・・・・・・」等など、恐らくは中国が容認できない条項がてんこ盛り。

だから、米国は、中国には米国側のレッドラインを守らせようとしているのに、自らは、中国側のレッドラインを次々と破っていこうとしている、と観られがちだが、そんなことは実際には起こり得まい。

米国議会の議員たちが、立法活動だけをしていると思ったら大間違い。

嘗て1980年代、90年代前半、ニューヨークから議会の対日バッシングをフォローしていた筆者の立場からいえば、議員たちの立法活動と、彼らの立法的活動とは厳密に峻別されるべきもの。言い換えると、上院、下院を問わず、米国の連邦議員たちが各種法案を提出するのも、その目的は必ずしも、立法を実現させるためばかりとは言えない。或る場合は、その種法案を議会提出したことを以て、自らの選挙基盤への言い訳作りだったり、亦、或る場合は、行政府の対外国との交渉をバックアップするためだったりと、目的は様々だからだ。

今回の上院外交委員会での台湾政策法案も、多分にそんな要素を含んだもの。それ故、この法案の中に、中国が忌み嫌う内容が盛り込まれていても、バイデン政権がそうした条項を好まなければ、早晩、当該条項は、審議過程の中で振り落とされていくだろう。

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