2023年初春、世界は外交合戦花盛り
直近、世界主要国の外交活動が活発である。そうした中でも、3月に入ってからの、岸田総理の一連の積極的外交振りが特に目立つ。むしろ、その活動は、日本の躍動感を久しぶりに世界に印象づける、といって良いほど。
先ず3月6日、元徴用工問題への解決案を韓国が発表、それを日本側が実質受け入れる。つまり、この問題を、ある意味、事前スケジュール通りに軟着陸させ、次いで3月16日、韓国の尹大統領が来日、以て両国は、12年ぶりの首脳会談を実現させた。
米国国務省報道官は、それに先立つ3月14日、今回の元徴用工問題実質軟着陸の動きを、「米国の強固な同盟国である、日韓の関係進展努力の具体化だ」と諸手を挙げて歓迎した。これに呼応し、尹大統領も、東京での首脳会談後の共同記者会見で、「日本は安全保障で協力すべきパートナー」と踏み込んで評価した。
この関係建て直しの試み、日韓どちらのイニシアティブだったかというと,恐らくは韓国だろう。だが,その韓国が何故、ここにきて日韓関係正常化に動いたか,これも恐らくは北朝鮮の脅威の増大と韓国国内の政治動向、そして米国の積極的な働きかけがあったからだろう。いずれにせよ、尹大統領は今後、4月26日、米国に国賓として招かれることになっている。バイデン政権下で米国が国賓として招くのは、2022年12月のフランス・マクロン大統領に次いで二人目だという。日韓の関係修復に,米国が如何に力点を置いているか、韓国大統領への配慮にも,そんな雰囲気を嗅ぐのは過敏すぎる見方だろうか。
日韓首脳会談の2日後、3月18日、岸田総理は次いで、来日中のドイツの首相、外務、大蔵、防衛各大臣と、日本側カウンターパートとの間での、両国間では初の政府間協議を開催、その場で、“自由で開かれたインド太平洋の実現”や、“対ロシア制裁とウクライナ支援の継続”、“ロシアによる核の威嚇に反対”などで同意し合った。つまり、NATOの有力国ドイツと日本が、地球的規模での“今そこにある危機”で、共通認識を持ち、対ロ、対中などで、共通の行動を取ることを確認し合ったわけだ。
そして、この成果を持って、外交第三弾として、岸田総理は3月20日、今度はインドを訪問、モディ首相を相手に、2023年にG-7で議長国となる日本とG-20の議長国を務めるインドとの間で、互いに協力することを誓約し合った。
総理はインドで、“自由で開かれたインド・太平洋”の概念が、故安倍総理によって提唱されたものであること、その時、自分が外務大臣として,その概念普及に努力したことなどを、改めて強調、そして以下のように演説を続けた。
「国際政治の転換期の今、国際秩序の在り方について、皆が受け入れられるような考え方が欠如している…脆弱な国にこそ,「法」が必要であり、それら「法」には、主権や領土一体性の尊重、紛争の平和的解決、武力の不行使などの、国際連合憲章上の諸原則が含まれる…」云々。これらの言及が、国際法が認める国境を、武力で侵犯したロシアを意識したものである事は自明だろう。
総理は亦、演説の後半で、「海における法の支配の三原則――法に基づく主張、武力を用いない、平和的手段の徹底――」にも触れ、加えて、気候変動による海面上昇への対応が必要だとか、不透明・不公正な開発金融を防がねばならないこと、或は、違法な漁業による被害の深刻化防止などにも言及した。こうした諸々は、グローバル・サウス諸国の主要関心事であり、中国の開発融資の在り方や中国漁船の出没の有り様を念頭に置いたものであることは間違いなかろう。
岸田総理は更にその後,外交第四弾として、インドから直接、密かに準備していたウクライナ訪問に向かった。5月に広島で開催されるG―7サミットで、議長国としてウクライナ支援を打ち出す決意を示し、ロシアへの制裁継続と,恐らくは戦後のウクライナ復興支援などにも言及する意向を示すためだろう。
この秘密裏の訪問に際しては、日本政府は、前例としてのバイデン大統領のキーウ訪問の際のノウハウを、恐らくは米国から伝授されているはず。少し前、バイデンのウクライナ訪問について、ニューヨークタイムズ紙などが報じたところでは、米国は秘密訪問を、事前にロシアには連絡していたとのこと。
米国のトップが戦時下のウクライナの首都に行くのだから,ウクライナの戦争相手ロシアにも、ちゃんと連絡をしてから訪問した。
この事実を、我々はどう見たら良いのか。恐らくそれは、所詮は支援者だ,という認識があるから出来ること。自らが戦争当事者となると、とてもそんな立場の使い分けは出来なくなるはず。米国が今尚、ロシアとの対話を望み、中国との関係を戦争ではなく、競争の関係だとするフレームで話すのも、それは恐らく、暗黙ながらも、前者的見方を取っているからなのだ。たとえ支援する国が、相手国と戦争状態に入っていても,自分たちはあくまでも支援する立場で,当事国にはならない、そんな共通認識を、対峙相手国ロシアとの間でも共有しているからこそ、実行できたのではないだろうか。
だから、推測を逞しくして、付記しておくと,日本の総理がウクライナを秘密裏に訪問する、そんな事前の情報伝達は,上記のように米国とは当然に、更に当のロシアにも当然に伝えてあったのでは…。仮にそうだとすると、その時期にモスクワにいる習主席の中国にも,一報はかなり高い確率で入れてあったのでは…。そのように観ると、今回の岸田訪キーウへの中国外務省の反応が“おとなしい”のも、当然のような気もしてこよう(「China’s Foreign Ministry responded to Kishida’s visit by saying that Japan should “help de-escalate the situation instead of the opposite”」NY TIMES紙3月22日)。亦、同じ時期、ロシアの爆撃機が2機、日本海上空を7時間も飛んだ。これなどは、ロシアのリアクションだと解しても,何ら不自然ではあるまい。
上述のように、岸田総理のウクライナ訪問は、中国の習主席がモスクワを公式訪問している時期(3月20日~22日)と重なっている。
米欧諸国は、習訪ロの際、中国は、内容的に具体性のない、ロシア・ウクライナ間の和平仲裁12項目を提示し、ロシアがそれを受け入れる見返りに、ロシアに武器類を供与するのではないかと、疑心暗鬼になっていた。そして、万が一,そんな武器類が中国からロシアに手渡されるなら、米国を始めとするNATO諸国は対中制裁を課すと、半ば牽制の意を込めて公言していた。
亦、具体性のない,どちらかと言えば精神論に近い和平仲裁案の提示は、それを提起すること自体に意味があり、且つ、ロシアも受け入れやすく,亦、仮にそれをロシアが受け入れると、その事実を以て、インドを始めとするグローバル・サウス諸国に,中国との連携を促す、体の良い正当化理由ともなりうるのだ。つまり、今回の岸田総理のインド訪問は、中国と米欧間での、そんな外交合戦の最中での出来事だった。
言い換えると、現状、G-7を軸とする西側先進諸国と中ロが、グローバル・サウス諸国を対象に、謂わば、囲い込み合戦中ということになるのであって、岸田総理の,今回のインド訪問は、グローバル・サウスの関心事項を、G-7も共有すると示すことで、放っておけば,中ロ主導の議論に引き込めかねない南の諸国を、西側諸国の側にも引き戻す。そんな努力の一助ともなったはずなのだ。事実、中ロは、首脳会議の共同宣言の中で「個別の国家に決定権があるような世界秩序には反対する」旨の主張を明確にしている。
米国は今、欧州ではロシア対峙に忙殺され、中東では,これまで独壇場だったサウジアラビアやイランとの外交で、中国にお株を奪われかねない情勢(中国の仲介での、サウジ・イランの外交正常化が公表されたのは3月10日)に追いやられている。だから、下手をすると米国は、欧州、中東、アジアの三正面作戦を余技なくされかねない。そうした現実から観ると、今回の日本の、韓国との関係正常化やインドとの連携、更に、習訪ロというタイミングでの、総理のキーウ訪問などは、米国に同盟国日本のありがたみを痛感させたに違いない。
時あたかも、同じ3月21日、台湾の蔡英文総統が中米グアテマラとベリーヌを訪問する際、経由地米国を訪問することが発表された。訪問自体は、3月30日と4月5日。その際、恐らくは西海岸で、米議会下院のマッカーシー議長(共和党)と会談することになる。これは、下院のペロシ前議長が行政府の反対を押し切って、台湾を訪問、米中関係が一気に緊張化した、そんな先例の轍を踏むまいと、バイデン政権が共和党の下院議長を説得した,その妥協の結果で,会談は、台湾ではなく旅の経由地米国での、面会となった。そして、こんな米国の対応振りにも、前述した、あくまでも当事者ではなく、支援者としての立場のわきまえが露われるわけだ。逆に言うと、米国のバイデン政権が、その強い論調にもかかわらず。本音では常に中国とは競争者としての関係を築くことを指向し、決して戦争の当事者とはなりたくない,そんな本音が読み取れるという次第。
その辺の処は,台湾側もわかっている。来年1月の台湾総統選挙を前に、野党国民党首脳の中国詣でも目立ち始めている。例えば、少し前になるが、2月7日、訪中した国民党の夏立言副主席が中国共産党序列4位の幹部と会っているし、亦、同じ国民党の馬英九前総統が3月29日から北京を訪れるとのこと。民進党の蔡総統の米国立ち寄りと時期を同じくした訪中、台湾野党の中国に対する立場がこれで、一目瞭然というわけだ。
しかし、そもそも、何故こんなに,世界各地で外交合戦が起こるようになっているのか、これも一応の推測に過ぎないが、理由は,米国の一極覇権の時代が終わり、つまり、今回の中ロ共同宣言にいう、「多極的世界が(一部にせよ),既に実現している」からではあるまいか。より具体的には,ウクライナ戦争勃発以降、急速に存在感を強めてきた、何度も取り上げているグローバル・サウスの支持を、米欧と中ロ、どちらの方が多く獲得するか、そんな多数派争奪の戦いが…。ちなみに,岸田総理は5月の広島でのG-7サミットに、ウクライナのゼリンスキー大統領(リモート)、韓国の尹大統領、インドのモディ首相などを招く予定だとのこと。G-20やグローバル・サウス諸国の多くを取り込もうとの思惑がないといえば、嘘になるだろう。
これで、忙しかった岸田総理の外交も、ひとまずは終了し,4月は愈々統一地方選挙の時期に入る。気になるのは、これまで数度の国政選挙で示された、若者は自民党支持、年寄りはどちらかといえば野党支持の傾向ではないか。筆者の個人的経験だが,昨年秋の茨城での県会議員選挙では,自民党現職が総崩れだった。今回4月の全国統一地方選挙でも,程度の度合いは別にして,そんな結果にならなければ良いが…。万が一、そんな結果になったりすれば、新春の外交努力も飛んでしまうかも知れないではないか…。
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