広島G7岸田劇場、多彩な見所と残された宿題
広島で開催されていたサミット岸田劇場が閉幕した。
開演中には、現下の世界経済・世界政治の混沌ぶりを反映して、数多くの検討課題が俎上に上った。例えば、金融システムの強靱性を如何に確保するか、レアアースなどの鉱物資源や半導体・蓄電池など重要物資の安定的な供給体制をどう構築するか…。
環境問題も依然として要対処課題だった。地球温暖化が進む中、化石燃料の消費をどう削減して行くか…。更に、人工知能等分野での、技術進歩のテンポが速まっていることに、どう対応すべきか、或は、今後とも多発が予想されるパンデミック対応体制構築をどうするか、加えて、食料安全保障をどう確保するか等など。
こうした諸課題に共通する特色は、二律背反性だろう。例えば、上記に即して言うと、経済再生に関連し、一方ではインフレ抑制が必要、だがその目的を追求しすぎると、金融システムの安定性を損なう可能性が反比例的に高まる。或は、重要物資の安定的な供給体制構築も、それを進めすぎると自国産業保護に繋がり兼ねず、亦、環境問題で規制を強め新技術の開発に国家補助を注ぎ込み過ぎると、これまた産業保護主義の温床となり兼ねない。
いずれにせよ、世界には緊急対処すべき課題が多く、且つ、その対処の内容も具体的な事項に触れざるを得なくなっているわけで、そうした現状は、現下の世界の経済・金融・資源・技術・環境といった、これまではそれぞれに別分野として、切り分けて議論できた諸問題が、今や相互の連関が濃密になり過ぎて、個別部門内での自己完結的な議論だけでは済まなくなってきている、つまり、それら諸問題の間にも、精密な因果の連鎖メカニゥムが出来上がっている現状が浮き彫りになった、と理解すべきなのだ。
言い換えると、国際経済・政治の社会構造が、謂わば、各部門相俟って一つの全体を構成するシステムとしての全貌を現わし始めた、というべきなのかもしれない。亦、諸問題の根が相互に絡み合い、ほぐそうと思っても、中々ほぐせない。それ程までに問題は複雑化し、肥大化し、それ故に、解決の緊急性も亦増している、とも観るべきなのだ。
そして、問題の、このような急拡大・急肥大化は、恐らく、コロナ禍で社会の諸活動が一斉に休止していた事態が、この期に及んで反転、その種の抑制が一気に解禁された所為でもあるだろう。各種問題の種が、コロナ禍で社会の底に累積されていた、それが一斉に表面化したのだから…。
従って、こうした諸問題間の連鎖関連性、或は、システム性が、一気に鮮明になった今回サミットでは、議論や認識を取り纏めるに当たり、首脳宣言を骨格として、各諸課題への対処をそれぞれ枝葉的に、分野毎の共同文書、共同計画として付随させる手法が、従来にも増して多く採り入れられた。要は、そういう形式を取らねばならなかったほど、表面化した緊急処理案件が多かったというわけだ。サミット主催国だった日本は、今年後半も、上記合意を実現して行くためのルール整備や細目摺り合わせ交渉で、積極的にイニシアティブを発揮する、そんな立場にあり続ける。
更に最終日に登場した、ウクライナ戦争の当事者セレンスキー大統領が、サミットの意味合いを一変させた。つまり今回サミットは、前半は地球的規模での難題への共同対処が議論の基軸であり、後半は、ウクライナ戦争への対ロ共同戦線構築強化が基本のテーマとなった。そして、その後半部分の基底に流れるキーワードは、異論・反論が続出しそうな“民主主義”という価値観ではなく、誰もが反論しにくい“法の支配”という概念だった。
特にこの後半部分では、筆者のような素人には、G-7首脳間で、一定の方向性への合意が予め形成されていた、との印象が拭えない。それはロシアと中国とを、明確に切り分けて対応するという仕切りである。そこでは、戦争の当事者であるロシアには厳しく、中国には率直な対話の相手として臨むといった違いが明瞭だからだ。
米殴諸国は、ロシアと直接戦火を交えるウクライナに、同国が切望していたF-16戦闘機の供与を正式に決定、搭乗パイロットの育成をも全力支援するとのこと。これに対し、中国には、「対話を通じて、建設的・安定的な関係を構築する容易がある」(サミット終了後の岸田首相の説明)との立場を示した。米国のバイデン大統領は「米中関係については、まもなく雪解けする」とまで踏み込んでいる(5月21日の広島での記者会見)。そして事実、サミット直後には、ワシントンで米中の貿易担当閣僚間の話し合いが始まっている。
今回のG-7会合、主催国日本にとっては大成功だったが、一方、欧米参加国も彼らなりに、折々にしたたかな顔を垣間見せ、実利を求め続けたのが印象的だった。例えば、欧州諸国の場合、外側はEUという衣を纏い、対外強硬姿勢を示す際は、そのEUとして強面顔を示す。しかし、個別国として柔軟な姿勢を示したい時には、EUとしての姿勢とは別に、当該国独自に融通無碍な対応をする。台湾有事の絡みで、対中強硬姿勢を示す際にはEUとして、反面、個別の国としては、中国と大型商談を結ぼうとする等など…。そんな代表例がフランスだった。
フランスのマクロン大統領は、年金改革などで国内では支持率を下げているが、それを挽回するが如く、サミット前の訪中に大型経済ミッションを随伴、習近平政権から巨額の商談取り付けに成功している。
そのフランスが今回サミットでも亦、準主役級の動きを見せた。ゼレンスキー大統領訪日に際し、日本政府の事務方が一番案じたのは同大統領の安全確保だったはず。何故そうなったかは知らないが、同大統領を運んだのが、フランス政府専用機、その飛行機は、中東からの最短ルートである中国上空を飛んで日本にやってきた。
フランス大統領は、ロシアのプーチン大統領とも対話ルートを維持しているし、上記のようにサミット直前には、経済界を引き連れて北京を訪問してもいる。そのフランスの政府専用機を、中国が自国上空を飛ばさせない、とは考えられない。そしてそれが亦、ゼレンスキー大統領を日本に運ぶもっとも安全な方法でもあった。
一方、ゼレンスキー大統領は広島で、グローバル・サウス諸国のリーダーたちとも面談を重ねた。しかし、フランスのマクロン大統領同様、やはりサミット直前訪中し、中国から大型商談を獲得したブラジルのルラ大統領とは、予定していた面談を反故にしている。対ロシアでの、ウクライナにとってのフランスの重要性と、ブラジルの重要性が、広島での時間にゆとりのないゼレンスキーに、ブラジル大統領との面談をキャンセルさせた、というのが実相だろう。だが、袖にされたブラジルのルラ大統領はどう感じただろうか…。
他方、今回サミットには、主催国日本は、グローバル・サウス諸国の多くを招待した。アジア、アフリカ、中南米等など、しかし、どういうわけか、中近東の顔がない。これなど、本来ならもう一手欲しかった感、なきにしもあらずではないか・・・。
しかし、強調しておくべきは、外交には常に裏があり、亦、遅かれ早かれ実態の裏付けによって補完されないと、上げた成果が絵に描いた餅に終わる、という点だ。
そんな観点で情報を取捨選択していると、「ウクライナが今後、反転攻勢を行なっても、その成果が十分でなければ、今回サミットで確約された米欧の支援も、早晩、再び息切れする可能性大」とのFinancial Timesの論調が目についた。ご説ごもっとも…。
米欧の武器在庫が既に底をついている。時間が経てばロシアは軍を補強できるが、ウクライナにはその余地が少ない。そして何よりも、支援の中心国である米国を始め、英国やドイツで、現政権の国内基盤が揺らいでいるように見える等など。
そして、これら諸々が相俟って、ウクライナのゼレンスキー大統領の胸中に、「戦果を上げなければ、米欧の支持も縮小する」との強迫観念を植え付けているはずだ。ゼレンスキー大統領が、どこかに国際会議があると聞けば飛んで行き、何か事があると必ず情報を発信しているのも、そんな切迫感故なのだ。大統領の心中は、少し誇張を許されれば、「進むも地獄、退くも地獄、滞留するのも地獄」なのではなかろうか…。そんな大統領には、暗殺の危険が常に付きまとう。
しかし、そんな絶望的心理が国中に蔓延すると、往々にして、国内での暴走分子を産み出してしまうリスクにも通じてこよう。例えば、5月24日のNY Times に、”Ukrainian Were Likely Behind Drone Attack, US Officials Say”というのがあった。この記事は、5月3日にクレムリンを襲ったドローン事件、少し前に起こった著名なロシア人の娘殺害事件、或は親ロシア派のブロガー殺害事件の何れにも、ウクライナ政府の関連下部機関が関与している旨を示唆する内容となっている。
指導部が、いくら一定の方向性を打ち出しても、混乱の中、下部機関乃至関連機関がそんな枠を超えて行動してしまえば、敵対相手側の想定外のリアクションを引き出し、“デ・リスキング”路線(米国が提唱)が、何時とはなしに、“リ・エスカレーション”路線に取って代わられてしまうことにもなり兼ねないのだ。
***5月24日付けのNY Times紙には、もう一つ気になる記事が載っていた。それは、“Chinese Malware Hits System on Guam, Is Taiwan the Real Target?”というもの。その記事の一部を引用しておこう。
“Around the time that the FBI was examining the equipment recovered from the Chinese spy balloon shot down off the South Carolina coast in February…American intelligence agencies and Microsoft detected what they feared was a more worrisome intruder; Mysterious computer code appearing in telecommunications systems in Guam…The code , which Microsoft said was installed by a Chinese government hacking group, raised alarms because Guam…would be a centerpiece of any American military response to an invasion or blockade of Taiwan”
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