鷲尾レポート

  • 2023.07.18

2024年米国大統領選挙、現段階での見所

2024年11月5日、第60代米国大統領を選出する選挙が行なわれる。今から1年4ヶ月も先の話、だから詳細な先行き見通しなど立てられるはずもないだろうが、それでも現時点で何点かの見所ぐらいは指摘できよう。

 

先ず最大の関心は、共和党側の候補者選び。既に13人が出馬声明済み(7月17日現在)だが、真っ先に出馬宣言したトランプ前大統領(77歳)が常時先行する流れ。

だが、その彼は、ニューヨーク州のマンハッタンとフロリダ州のマイアミの2カ所で訴追され、今後、ジョージア州のフルトンでも訴追される雲行き、加えて、暴徒を煽って議会を占拠させた廉で、司法省の特別検察官の調査も入っている。

こんな状況では、トランプ前大統領は、何とか共和党の大統領候補に、そして出来れば正式の大統領に返り咲き、己への容疑を立場の特権で振り払いたいはず。故に、トランプ被告側の弁護士たちは、先行する機密書類持ち出し案件に関し、大統領選挙が実質進行中などの理由を挙げ、裁判所に審議の無期限延期を申し入れている。英紙ファイナンシャルタイムズは、「今後の訴訟も勘定に入れれば、トランプは最悪、100件近くの容疑で訴追され、裁判で負ければ、それこそ累積100年ぐらいの服役の可能性もある」と指摘する。

二番手につけているのはフロリダ州のデサンティス知事。エール大学とハーバード・ロースクールを卒業、海軍に入り、その後は連邦下院議員。典型的な保守派エリートで、知事としても鳴り物入りのFlorida Parental Rights in Education Act;通称”Do Not Say Gay ”billを採択、保守派受けする立場を鮮明にし、更に、地元のディズニー社を標的に“ Disney is in favor of sexualizing children”と声高に叫んでいる。譬えれば、トランプの立場と抵触しない、従ってトランプ支持者を刺激しないような、独自の争点造りにいそしんでいるというわけだ。

だが、その戦略は必ずしも奏功していない。ある場合には、トランプ以上の右派有権者を狙い、或る場合には、知的人間らしく、「政治は、何かを成し遂げる事だ」と信じて、具体的な成果を指向する素振りを見せる。要は、芯がぶれるのだ。それ故、直近では、支持率はむしろ下降気味、トランプとの差が10数%と拡がるばかり。

この二人に対し、ペンス前副大統領は、支持率が現行7%と伸び悩む。より正確に表現すれば、彼はトランプ支持者の不興を買っている。

 

第二の関心は、選挙資金の集まり具合だろう。

2023年4月~6月末に集めた資金額は、トランプ陣営が$35million、デサンティス陣営が$20million、ペンス陣営が$1.2million。

ちなみに他の候補たち、例えばハーレイ女史(前国連大使、元サウスカロライナ州知事)は$4.3million(他の寄付などを合わせると$7.3million)。黒人のスコット上院議員(サウスカロライナ州選出)が$6.1million(先の上院議員選で集めた資金の余剰が$22million別途手許にある)、クリスティー元ニュージャージ州知事のそれが$1.6millionだそうな(いずれも7月15日付けNYT紙)。

勿論、これらの数字は各陣営が発表したもので、今期の正式の政治資金額は連邦選挙委員会が現在集計中。その結果数字が公表されるまでは、単純な比較は慎むべきだろうが…。

 

第三の関心は、8月23日にウイスコンシン州ミルウオーキーで開催される共和党の候補者同士での討論会。主催者である共和党全国委員会の発表では、主な参加資格は①直近の、少なくとも3つ以上の世論調査で、支持率1%以上を得ていること。②選挙資金拠出者が、少なくとも4万人以上いること。③最終的に党としての候補者が決まれば、条件なしに、当該候補を支持すること。近々発表が想定される連邦選挙委員会の資金収集数字は、これらの条件の内、②を見定める重要な根拠となるもの。

更に付け加えれば、条件の③が厄介。

この③は、討論開始の48時間前に誓約することになっているが、現時点でイエスと受け入れたのは、スコット上院議員、スワレス・マイアミ市長、バーグマン前ノースダコタ州知事の3名のみ。トランプとデサンティスは態度保留、残りはMixed Message(色々と釈明をつけ、ノーの余地を残している)。そもそもトランプが、この討論会に参加するかどうか、それも注目点の一つかもしれない。

NYT紙によると、③は兎も角として、現時点で①と②の条件をクリアーしているのは、トランプ、デサンティス、ハーレイ、スコット、クリスティーの5候補だという(いずれも当該陣営の主張)。

 

第四の関心は、何故かくまでも、共和党がトランプ党になってしまったのか…。

トランプが共和党内を、文字通りに牛耳るようになったのは、2018年の中間選挙以降。この選挙で、トランプ大統領(当時)は、党内穏健派や批判派を、政治の舞台から一斉退場させた(例えば、ライアン下院議長等など)。そんなことが可能だったのも、トランプが常時35%前後の岩盤支持層を持っていたから(その岩盤支持層を今も維持している)。

2016年の当選直後、トランプは” Forgotten People will never be forgotten again”を叫び、大統領として、その姿勢をAmerica Firstや中国非難の枠の中で、かたくなに固持してきた。

そうした姿勢には、共通の敵を設定し、常に攻撃されているという意識を共有することで、仲間意識を醸成する効果があった。優越的な地位の揺らぎに苛立つ貧困層の、非大卒の白人労働者。スポーツや娯楽、宗教、慈善活動などを通じての人々を結びつけるコミュニティーに入れない人々。更に、そこはかとなく漂う孤独感。それらが綯い交ぜになって、トランプを軸とする、謂わば、トランプ教的な雰囲気が生まれてくる。つまり、トランプは、忘れ去られた人々に寄り添う、仲間内のリーダーとなったのだ。

そんな雰囲気をトランプは上手に使った。自らが起訴されるや、当局の発表に先んじて己が起訴されることを公表、起訴を自らへの「魔女狩り」と批判、以て、自分たちが見捨てられ、迫害されているとの被害者意識を持っている層の人々にアピールする。トランプにとって、自らが生残るためには、この忘れ去られた人々との連携が今や生命線なのだ。こうしたトランプの心情を、クリスティー元ニュージャージ州知事は、「トランプは、この国がどうなっているかについて、一切話さない。自分が如何に可哀想で、犠牲になっているかしか語らない」と指摘する。

そんなトランプ教の信者を相手にしては、デサンティスの言葉は全く刺さらない。だから、選挙運動の方針が揺れ動く。結果は、デサンティスの不振となるわけだ。

こうした状況を前提に、米国のリスク・コンサル会社ユーラシア・グループは、トランプが候補に選ばれる確率を65%と予測する。

 

第五の関心は、何故、このようなトランプ教徒が生まれてきたのか。それは米国社会の分断と。どのように関連しているのか…。

こうした観点から、米国の所得分配がいつ頃から格差拡大の方向に傾き始めたかを観てみると、1980年代から90年代前半にかけての期間がクローズアップされてくる。この時期を境に、米国の所得格差、とりわけ最高位の所得者と、それ以下の、最下層、中間層との格差が大きく拡大するようになっている。背景には、当時のレーガノミクスがあったことは疑問の余地があるまい。

小さな政府、大幅減税、人為性を排した金融政策、それに規制の緩和。それら4本柱を軸に繰り広げられたレーガン流の経済政策は、米国の製造業の空洞化や金融/サービス化を促進し、社会のメカニズムは株式資本主義を露骨に追い求め始める。結果、上記のような、forgotten Peopleが取り残され、彼らは、皮肉なことに、自らをそんな境遇に堕とした共和党の、その鬼っ子とも言うべきトランプの熱烈な支持者になってしまったというわけだ。

だから、現在のトランプの岩盤支持層は、一昔前には、民主党リベラルの岩盤支持層だった。それが1980年代の米国の産業構造の大転換で、最も打撃を受ける層に変質したという次第。そして、この層の民主党からトランプ共和党への支持移動が、今日の民主・共和両党の拮抗状況を創り出すことにもなったのだ。

 

第六は、こうした構造に在ってこそのトランプの強みだ、との認識が得られれば、では、民主党のバイデン大統領は、どのような立場で、どのような対応を取ろうとしているのだろうか。

民主党バイデン大統領の再選には、大きな壁がある。それは彼の年齢。民主党内でのバイデン支持率は40%強の低位水準。逆に言えば、党内の6割近くが、もっと若い候補者を望んでいるということになる。

そんな自分の歳が如何にハンディとなっているか、バイデン自身が一番よく理解し、恐らくは再選出馬に躊躇もしたであろう。だが、政治は立ち止まることを許さない。本年4月末の、連邦議会で政府の債務上限拡大案が、民主・共和両党の争点になり、下院共和党が自党案を下院で採択したとき(4月26日)、つまり、両党の間で本格交渉が始まろうとしたとき、バイデンは再選出馬を正式に公表した(4月28日)。そうしなければ、民主党を代表して、共和党と交渉する立場を失いかねなかったからだ。

 

第六の関心は、そんなバイデンが、米国社会の分断にどう対応しようとしているか…。バイデン大統領は、再選出馬表明後のシカゴでのバイデノミクス演説(6月28日)で、過去40年に渡り続いてきた共和党提唱のTrickle-Down Economics(Tax cuts at the top will lead to prosperity at the bottom)を明白に否定する論陣を張った。

こうした歴史的眼で、つまり、米国の政治哲学の変遷という眼で、今回のバイデンの主張を見直すと、40~50年毎に、米国の政治哲学は変化するとの経験則が、当てはまってくるようにも見えてくる。

それは短期の政策ではなく、実態は既存の各種政策(脱炭素、半導体、EV、環境投資、インフラ投資、労働者の再訓練、サプライチェーン保全を名目とした西側同盟重視等など)の寄せ集めながら、性格は長期の構造転換策であり、思考は、従来型の民主党のそれである。考えてみれば、米国経済がレーガノミクスで構造変換してから、既に40数年が経っている。米国政治の時計の振り子が揺り戻しの時期を迎えていても何ら不思議ではあるまい。そして、そんな揺り戻しは、米国では政治の力で起点に起こるのだろう。

 

第七の関心は、年齢というハンディを負い、脆弱なバイデンが、党内を巧く纏めて行けるかどうか…。民主党内の一部には、バイデン降ろしを図る議論もあるようだが、事はそう簡単ではなさそう。仮にバイデンを降ろしても、替わりにハリス副大統領がトップに挑戦する道を開いたのでは意味がない。ハリスは不人気だし、かといって彼女を差し替えれば、黒人層や女性層を必要以上に敵に回しかねないからだ。

こんな情勢の中、バイデン陣営は第二四半期に$72millionを集めたという。もっとも、そのかなりは、民主党全国委員会が集めたもので、バイデン陣営自身で集めた金額は、想定以上に少なかった、というニュースも伝わっているが…。現在、民主党からはロバートケネディー弁護士が、唯独り、正式出馬を表明している。

 

そして最後、第八は、第三党の候補者が出現する可能性をどう見るか…。

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