鷲尾レポート

  • 2023.08.23

政治舞台での現実論と戦闘現場での実態論

ウクライナ戦争絡みで、最近、二人の発言が物議を醸している。

一人はフランスのサルコジ元大統領、もう一人はNATO事務総長の側近スティアン・イエンセン氏。

仏紙のインタビューで、「我々にはロシアが、ロシアには我々が必要だ」と言い切ったのがサルコジ元大統領。ノルウエーでの討論会で、ウクライナ和平に絡めて「NATOへの加盟と引き換えに、ウクライナが占領されている領土を放棄することも、和平に向けた一つのアプローチになり得る」と述べたのがイエンセン氏。

勿論、ウクライナはこの二つの発言に強く反発している。当然だろう。失われた領土の奪還を目指し、日々の生活を脅かされながら、現に敵と戦っている身には、とても受容出来ない発言なのだから…。

しかし、考えてみれば、この二人の発言とウクライナの猛反発の間には、埋め切れない溝、つまり次元の違いがある。二人の発言は、政治交渉舞台での現実論をベースにしているのに対し、ウクライナの反発は、戦闘現場の実態に即した感情なのだから…。

 

というわけで、ウクライナには、国際社会の多くの国々の同情や心理面での支援はあるが、実際上、同一目線で戦ってくれる同盟国はいない。ウクライナがNATO加盟を切望する所以である。そして、そんな状況だからこそ、国際政治の場では、上述のような戦闘現場の感情に裏打ちされた実態論は中々通用しない。

 

もっとも、そんな段差ある状況は、最初からわかっていたこと。故に、ウクライナは、戦争勃発とともに、少しでもこの溝を埋めるため、国対象ではなく、世界中の個人や企業(とりわけ、人工知能や自動監視システム等を開発する西側新興企業)に直接の助けを求めた。

例えば、世界中のIT技術者に、ロシアへのサイバー・テロを仕掛けるよう呼びかけ、それに当初約30万人が即応したという。亦、要請を受けた新興企業も、それぞれに自社開発の技術にとっては、ウクライナは絶好の実験場。故に、そうした要請に応えて、ウクライナ軍に人工衛星や各種センサーで得た情報や、ドローン、そして様々なソフトウエアーを提供した。

 

筆者は軍事の専門家ではないし、ITの技術に長けているわけでもない。だからこの分野での情報に乏しい。

そんな素人が、(素人なりに)初めて戦争にAIが使われたとの記事を目に止めたのは、2021年6月だった。「イスラエル軍が、同年5月のパレスチナ自治区ガザでの軍事行動について、人工知能を初めて使った」と明かしたのだ。曰く、「イスラエル軍は、ガザから飛来したロケット弾の9割を撃墜、更に、レーダーで捕らえたロケット弾の軌道をAIで算出し、人口密集地に向うものは迎撃、一方、空き地などに着弾するものは放置した…迎撃用ミサイルは一発5万ドル以上、無駄な迎撃をなくして、コスト節約にも資せた」云々(日本経済新聞2021年6月27日)。

 

このイスラエル軍関連の記事を読んでから未だ2年余りしか経っていない。だが、ウクライナ戦争の現状は、高コストのミサイルに加え、相対的に低コストのドローンや高性能AIの戦場での使用・応用が、今や日常茶飯になっている様を伺わせる。

例えば、ロシアのプーチン大統領は2022年12月、「戦闘でのドローンの使用は、ほぼ普遍的になっている」と発言しているし、更に2023年6月には、「ドローンが量的に十分ではない」と苦情を述べたと伝えられる。

一方、ウクライナの方も、ドローンを重視、2023年4月には、無人機を専門に取り扱う、攻撃中隊を創設している。

ロシアもウクライナも、ドローンは当初、外国からの輸入に頼るところ大であった(ロシアはイランから、ウクライナはトルコから)が、現在では、既に国内製造に力点を置くようになっており、製造されるドローンの精度も向上し続けている(だから、高性能の半導体が必要ということにもなるのだろうが…)。

そして、例えば、ウクライナの場合、政府は本年末までに、国内の40社余りのドローン・メーカーに、最大20万機の生産を命じたという。亦、直近の報道によれば、ウクライナのドローンの中には、最大航路距離が1000キロ、或は、爆発物掲載重量320キロといった大型のもあるらしい。

 

一方、戦争が長期化し、双方ともに、相手方国内に厭戦気分を醸成しなければ、という必要性が感じられ始めると、ドローンやAIは、単に戦場で使用される武器の範疇を超え、相手国の社会生活を破壊する手段に変質して行く。

本年初め、西側諸国の援助疲れが囁かれる中、それら援助武器が如何に有効に活用されているかを、供与国側に示すためにも、その実績を誇る必要から、ウクライナは、近々「反転攻勢に転じる」と世界に公言して廻る時期があった。

そうなるとロシアは、対抗上、ドローンを使ってのウクライナ主要都市攻撃を増強する。ウクライナの主張を否定し、併せて、同国内の厭戦気分を高めるためだったに違いない。そして、そんな時は、波状的に襲い来るロシアのドローン爆弾に、ウクライナは欧米から供与された、なけなしのミサイルを使わざるを得なくなる。そしてこれは亦、ウクライナ保有の貴重なミサイルを消耗させる、ロシアの冷徹な作戦だったに違いない。深読みすれば、値段の高いミサイルを使わせて、安いドローンを撃墜せざるをえない状況にウクライナを追い込んだわけだ。

 

現在は逆に、ウクライナがロシア各地へのドローン攻撃を本格化させ始めている。明らかに、ロシア国内の厭戦気分を誘い出すためだろう。それに対しロシアは、襲い来るドローンに、電波妨害網を施設し、更に、ウクライナの主要都市に、逆にミサイルを打ち込む形で対抗姿勢を示す。

 

かくして、徐々にではあるが、ウクライナでは従前から、そしてロシアでも漸く、戦闘現場の感情論が、戦争の行く末を規定する、そんな局面を迎えようとしているように思われる。ウクライナのゼレンスキー政権が、政権内部の汚職や腐敗撲滅に力を入れざるをえないのも、巷間伝わるような、西側支援国からの汚職などへの批判封じを狙ったものばかりとはいえない。むしろ、戦争の惨禍に耐えている自国民に、政権としての純真さを示さねばならぬ、そんな必要性からでもあるのではないだろうか…。

 

いずれにせよ、こうした状況を観ていて、筆者が強調したいのは、安全保障を議論する場合、政治舞台の抑止論議と併せて、実際に戦闘が発生した場合の、具体的対処策も日常から準備しておかねばならないのでは、という点である。

しかし、後者は、言い換えると、今流行のゲームの世界での戦闘シナリオ作成に近い話。そんな仮想で、ウクライナ戦争を観ると、人々の社会生活基盤破壊の具体例を、実に数多く眼前に提示してくれている。

例えば、サポロジエ原子力発電所。ここが爆破される懸念が、何度表面化していることか…。加えて、ヘルソン州のダム崩壊。水不足や農地崩壊が人々の生活に如何に脅威となっているか…。或は、主要インフラの爆破やサイバー攻撃、穀物の主要輸出港閉鎖、厳冬でのエネルギー不足等など、列挙し始めると限りがない。しかも、その多くにAIやドローンが絡んでいるのは間違いあるまい。

 

ウクライナの例を挙げなくても、日本でも、そんな戦闘シナリオを考える場合の先例となりそうな自然現象、事故、サイバー攻撃等が多発している。

典型例は、福島原発事故。この事故で、日本の社会活動の多くが機能停止となったのを、周辺諸国は教訓としてくみ取っているはず。だから、日本も当然、一朝有事の際には、相手国の攻撃によって、そんな先例が繰り返さる可能性を排除する準備だけはしておかなければなるまい。相手方の攻撃対象候補としては、日本海沿岸や日本全土の原子力発電所群。それらへの、潜在敵やテロ集団からのミサイルやドローンでの攻撃がある可能性…。

そんな戦争シナリオを考案する、ゲーム・クリエーターの頭の中の想定では、襲い来るドローンは一機であるとは限らず、場合によっては、数十機、数百機かもしれない。

そんなドローンの群れが襲い来るのを、発電所側はどうして防ぎきるのか…。

或は、それらのドローンの一隊は、大規模ダムの破壊や、更には、人体に有害な物質などをダムに投入するミッションを与えられるかもしれない。そんな場合、ダム管理者たちは、そんな企みをどう排除して行けるのか…。

亦、潜在敵は、突然、日本の鉄道網をサイバーで攻撃してくるかもしれない。大型台風で運航が混乱した新幹線や首都圏周辺の鉄道網混乱は、当然、彼らテロ集団の頭にインプットされているはず。亦、直近では、名古屋港の荷役作業がサイバー・テロで混乱している。

 

安全防備では、議論や予防準備は徹底してこそ意味がある。

勿論、一国の安全保障に携わる者なら誰でも、「そんな非常時への対処方針や準備体制整備は、既に出来ている。だから、心配はご無用」と答えてくれるかもしれない。

正直、そう答えてくれるなら、素人の筆者としては、本当に安心するだろう。だが、どこで責任ある誰が、そんな具体的対処案を既に検討し、その検討に基づいて、具体的な予防体制を敷いてくれているのか…。そんな姿を伺い知る術がない。

 

昔、筆者が、米国カンサス州での日米中西部会に上役のお供で出席し、会議が終わってさあ帰ろうとしていた朝、9/11事件が勃発した。その速報をホテルのテレビで観て、驚いていた僅か4~5分後、テレビの画面にAll the airports were closed のテロップが流れた。と同時に、大統領と副大統領の居所が不明になった。二人は別々に姿を隠したのだ。米軍も即時に非常事態態勢に切り替わった。あの時、米国は自国航空機の米国の空港への離着をも拒否、それら飛行中の自国の民間航空機をカナダとメキシコの飛行場に着陸させた。対応の素早さと、自国の民間機すら着陸させない徹底ぶりに、「米国はすごい」と心底思ったことを、今でも鮮明に覚えている。

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