米国のウクライナ支援2題~議会の議論と軍事分野での支援~
年末を控えて、米国のコロラド州最高裁が、「トランプ元大統領を同州での共和党予備選候補者リストには入れない」との判決を下した、とのニュースが飛び込んできた(NYT紙12月19日)。こうした可能性に関しては、拙稿(11月4日付けの末尾)にも、米国修正憲法14条3項の問題として記しておいたのだが、其れがコロラドでは現実になったのだ。
勿論,この決定が2024年大統領選挙にどう響くか、連邦最高裁の判断が来年3月の同州での同州予備選までに下され得るのか、或は、同じような訴訟を抱えている他の州での動きはどうか等など、不確定要素が依然多いのだが…。
そんな喧噪の中、年末に向い少し時間の余裕が出来たので、筆者が初めてニューヨークに駐在した頃の米国下院の名物議長Tip O’Neillが書いた小冊子“All Politics Is Local”を、久しぶりに読み返してみた。
現在のウクライナ支援を巡る米国議会のもたつき振りや、EUのウクライナへの支援決定をハンガリーのオルバン首相独りの反対で実現させ得ていない現状、更にウクライナ国内に見られ始めた不協和音などが、改めて筆者に、それぞれの国・地域の国内事情が如何に、当該国・地域の外交・軍事政策に大きな影響を与えているかを痛感させ、各種利害が混在する中で、政治は如何に機能し得るのだろうかとの、今更ながらの疑問が頭をもたげてきたからである。
そんな気持ちで、上記の小冊子をパラパラとめくっていると、次のようなフレーズが否応なく眼についた。
一方、ロシアのプーチン大統領は、12月14日、首都モスクワで、恒例の記者会見(といっても、一般大衆に話しかける形をとっているため、4時間に及ぶ大規模タウンミーティングといった方が実態に近かろう)を開催した。
来年3月に大統領選挙を控えているため、実質的にはそのキック・オフ的なイベントであっただろうが、その場でプーチン大統領は4時間の間、殆ど自己の選挙出馬に触れることなく、終始一貫、ロシアがウクライナの非軍事化と非ナチ化に成功しつつあることを指摘し続け、「吾々が初期の目的を達すれば、平和はやってくる」と強調した。
と同時に、諸々の国内問題に関しては、それらの大半は地方政府や地方行政機関の引き起こしている問題であり、自分こそが、それら問題を解決出来ると、日本流に言えば、まるで水戸黄門的な姿勢での対処に終始したのだった。こうしたプーチンの姿勢を、NYT紙(12月4日)は「プーチン大統領が、有権者は既に自分の側についていると、自信満々だ」と記述した。
ちなみに、プーチン大統領は、この恒例イベントを昨年は実施しなかったが、それはウクライナ戦争で誇るべき戦果を殆ど挙げられず、むしろ軍事的・外交的にはロシアが守りに回らざるを得なかったという、当時の戦況故だろう。
だが、今年は様変わり。ウクライナ側の反転攻勢の意図は実現せず、むしろウクライナ国内での政治的団結に綻びが見られ始めており。更に直近、ゼレンスキー大統領がワシントン詣をしても、更なる支援について米議会共和党の支持は得られず、空手での帰国を余儀なくされている。加えて、前述のように、EUのウクライナへの支援も、ハンガリーの反対で中々実現しそうにない。
事態は、プーチン大統領の言葉を借りれば、「西側の支援は枯渇し始めており」、加えてウクライナ国内の政治的団結や米国とウクライナの軍部の間にも戦略方向の不一致が顕在化するなど、西側とウクライナの間の協調が、各分野で次第に亀裂し始めている模様。
米国の対ウクライナ蜜月も変質し始めている。ワシントンを訪問したゼレンスキー大統領への米国共和党の視線はよそよそしかった。1年前にゼレンスキー大統領がワシントンを訪問したときは、米国議会は党派を問わず同大統領を大歓迎したというのに…。
今回の訪問は、共和党にとっては、全く違う問題が議会で大きな争点になっている渦中に、「ウクライナの戦いが、民主主義を護ることに繋がる」と、異なる争点を持ち込まれても…」、というのが正直な受け止め方だっただろう。
議会での安全保障の専門家、共和党のリンゼイ・グラハム上院議員(サウス・カロライナ)ですら、ゼレンスキー大統領に対し、「貴方は貴方が出来ることを全てやっておられる」、「だが、今のワシントンで大問題になっているのは、メキシコからの不法移民の増加に対し、其れを阻止するための方途をどうするかの問題であって、この問題は貴方には全く関係がない」と、取り付くしまのない対応振りに終始した。同じ共和党のエリック・シューマー上院議員(ミズーリー)に至っては、「我々はウクライナの大統領の話を再び聞かされた。だが、自分の国の大統領から、我々の国の国境の問題に関しての話しを未だ聞いてはいない」とつれないコメント。
米国議会は今、ウクライナ問題のみならず、イスラエルへの支援問題を、メキシコ経由の不法移民流入防止問題と絡めて議論している、そんな米国議会の状況に、ワシントンを急遽再訪したゼレンスキー大統領は、「米国の国境問題には、私は関与する立場にはない」と述べるのが精一杯だった模様(NYT紙12月12日)。
尤も、米国の政治は、イエスかノーかの単純な選択肢で決まるわけではない。
混沌としている米国議会の状況を外野席から見ている今、筆者は、昔、ニューヨークに居て日本の阪神淡路大地震の報を聞いたときに直感的に感じた日本と米国の政治議論の為され方の違いを、今更ながら思い出してしまう。
それは、日本では大震災などの大事件が起こると、議論は、緊急性の名分の下に、各界・各人の多様な意見の中から先ずは共通するものを抽出し、それらを纏め挙げて全体として取り纏める。そして其れで終わり。そのやり方は、恰も最大公約数的な取り纏め方。10と15の主張があれば、最大公約数の5を対応策の中心に据えるような…。言い換えると、極めて事務的に議論の範囲を絞り込んで行くのだ。
だが、米国ではスコープの絞り方が逆方向。10と15の主張があれば、スコープを絞り込むのではなく逆に拡大し、議論の範囲を最大30に設定する。いわば最小公倍数的アプローチ。スコープを拡大すれば、それだけ関係利害の数も増え、それ故にまた、合従連衡による妥協の余地も拡がる道理。前述のオリール語録は、真に、こういうスコープ拡大の中で妥協策を探る、そんな米国政治の在り方から出てくるのだ。
現状、ウクライナ政府の予算の約半分は米欧からの資金援助で支えられている。軍需物資に至っては、その大半が西側からの支援で賄われている。その支援の継続の目処がたっていない。だが、米国政治がオニール語録の示すような、スコープ拡大を議論の前提に置いたものであることを知れば、ウクライナにとって、当面は、悲観するのは未だ早い、というのが筆者の言いたいことなのだ。
短期的に見れば、米国からウクライナへの搬送過程にある武器は未だ相当数あるようだし、更に、米国国防省は、既に調達してあるウクライナ向け武器(未だ輸送経路に送り出していない)も、年内から来年年初にかけてウクライナ向けに搬出できるとコメントしている。
加えて、大西洋の反対側、EU総体としてのウクライナ支援議論も、現状、ハンガリーによって進展を阻止されているが、EU加盟国個々の独自支援は依然として続く見込み。例えば、デンマークからは10億ドル、ノルウエーからも新たな支援が誓約されたし、ゼレンスキー大統領の言に依れば、フィンランドやスエーデン、そしてスペインなどが、個別支援を準備してくれているとのこと。
とはいうものの、短期は兎も角も、長期的に見れば、米国からの現状640億ドルの支援コミット、EUからの550億ドルの支援コミットは、ウクライナにとって、どうしても実現させて欲しい処。ところが、その両者が共に、上述のように、それぞれの国・地域の内部事情で承認への議論が進んでいない。しかし筆者は、それらの議論停滞も、来年1月に入ると、何らかの突破口が開かれる可能性が未だ残っていると考えている。
例えば米国議会の場合、ウクライナ支援追加への共和党からの風当たりが強いと想定される中、当初は、折から発生したハマスのイスラエル奇襲事件を前に、共和党内にも支持が強いとみられたイスラエル向け支援をセットにしての、議会承認が指向された。しかし、それもイスラエルの反攻が,想定以上に多くの民間人を巻き込むものになった段階で、議会承認が難しくなると、さらに共和党保守派が強く押す、メキシコ国境からの不法移民流入抑止策と絡める案へと、恰もクリスマスツリーの如く、法案への飾り付けオーナメントの数が、その都度、増やされて行った。つまり、そういう手法をとることで、スコープを拡げ、各種課題の組み合わせを創り出し、そうした抱き合わせの形で、バイデン政権や民主党指導部側は、ウクライナ支援策の議会承認を何とか実現させようとし続けているわけだ。
しかし現実は、上記のようなホワイトハウスや上院民主党側の努力にもかかわらず、下院共和党のジョンソン議長は、早々と下院をクリスマス休会入りさせ、下院議員たちを選挙区に返してしまっている。
そんな状況下、民主党が辛うじて多数を握る上院では、民主党チャック・シューマー院内総務(ニューヨーク)が、上記ウクライナ支援とメキシコ国境からの不法移民対応策を絡ませた超党派の上院案をたたき台に、ホワイトハウスとの間での妥協を探る交渉を進めてきた。外部に漏れ出ている情報を総合すると、ホワイトハウスは、不法移民流入抑制策の面で,共和党保守派へのかなりの譲歩を提示した模様。現状、議論は未だ前途多難の模様で、来年年初頭、下院議員たちがワシントンに戻る頃(1月8日)までに、何らかの成案が出来るかどうかも分らないが、ホワイトハウスや上院民主党指導部は、この交渉ルートを唯一の頼りに、ウクライナ支援を通すために,先ずはメキシコからの不法移民流入抑制策で、民主・共和両党が合意できる妥協案の細目を全力で詰めて行くつもりなのだ。
尤も、メキシコ国境からの移民流入を抑制する方向への舵取りは、多くの問題を内包している。そもそも、流入者の数は民主党オバマ・共和党トランプ両大統領時代に比べて,バイデン大統領になって以降に急増しているからだ(以前は年間50~60万人だった流入が、バイデン政権誕生以降、2021年は166万、2022年には221万、2023年はこれまでに205万人と、大幅に伸びている)。
そして其れは、一面では、バイデン大統領の姿勢が中南米からの潜在移民に対し、ウエルカムのメッセージ色を強く出し過ぎていることに起因すると思われるのだが、他面では、そうした姿勢がバイデン大統領への民主党内左派の支持をつなぎ止める要素ともなってきていたのだ。
だが、これ程の大量の移民(多くが不法移民)の流入は,米国世論を強く刺激しており,米国社会の趨勢は今や、移民流入抑止の方向に大きく傾いているので、来年に再選を控えるバイデン大統領にとっては、ここは何らかの流入抑止策への切りえが必要な局面。
つまり、ウクライナ援助、メキシコ国境からの移民流入抑制の組み合わせ案は、バイデン大統領の再選戦略とも絡み合い始め、その点からも、今回の妥協案の模索は、バイデンの選挙戦略上、これまでの移民流入歓迎トーンを、無理なく抑制トーンに切り替える、或る意味、絶好の機会ともなり得るもの。こうした事情を、嘗てオバマ大統領の側近だった、デヴィッド・アクセルロッドは、「ずるずると移民流入を許容し続け,挙げ句の果て、硬化する世論にバイデンが見捨てられるのを事前に防止することに繋がるという意味で、バイデン選挙陣営にとっては,今回の機会は、天から与えられたギフトのようなものだ」と評している。ここまで来ると,我々日本人には,米国議会での立法過程は、すき焼きを調理するようにも見えてこよう。具材には、肉もあればタマネギも、そしてお豆腐も,或はこんにゃくも,更には、うどんすら放り込み得るというわけだ。
尤も、譬えホワイトハウスと上院の超党派妥協案作成者との間で、何らかの合意案が出来たとしても、下院共和党保守派フリーダム・フォーカスの議員たちの強硬姿勢は揺るがないだろうし、メキシコ国境からの移民流入抑制には、民主党内のヒスパニック・コウカス所属の議員たち,或はより広く、民主党内進歩派議員たちも、反対に回ると想定されるわけで、NYT紙(12月14日)は、その下院本会議採択には,民主党内の反対を相殺するに足る共和党内からの支持(少なくとも20票以上)が必要、と解析している。こうした状況下で、リスク情報を専門とするユーラシア・グループは、この将来の妥協案(含む、ウクライナ支援)が成立する確率を55%と見立てている。
いずれにせよ、上記のような米国議会の動向を分析すると,ウクライナにとって、仮に今回、米国からの支援が上記プロセスで採択されるとしても、それ以降,これまでと同じような潤沢な米国支援が継続される保証は全くない。つまり、米国からの支援も次第に先細る可能性が大なのだ。
そして、こうした先行き見通しは、ウクライナ軍に助言を続けている米軍の立場に、当然の如く、影響し始める。
ウクライナ軍は、依然、積極的にロシア占領地の解放を指向し続けている。
対して、米軍は、ウクライナ軍に現有領土の保全と損傷著しいウクライナ軍の再編、更には、ウクライナ領域内での武器生産能力の増強を働きかける。これら3つの要素が完備されれば、将来の対露停戦交渉上、有利な立場をウクライナ側に付与することになるのだと…。
いずれにせよ、こうした両者の指向の違いの背景には、ウクライナがあくまでも実力による領土奪還を狙い続けているのに対し,米軍は実力での勝負の先行きはむしろウクライナに不利。だとすれば、いずれは停戦交渉入りせざるを得ず、その時を見据えての体制の整備と武装能力の国内装備拡充こそが今必要なこと,との将来見通しの違いがあるためだろう。
その両者のいずれが,将来の対ロ戦線の主軸の考え方になるのかは、軍事の専門家ではない筆者には予測できないが,少なくとも言えるのは、過去2年で米国からの軍事支援が1110億ドルにも達する現状では、これ以上の支援に消極的な議会共和党を説得するためにも、既存軍事戦略の大幅な見直しが必要で、今後とも充分にロシアに対抗し得るとの裏付けとなる、その種の新軍事戦略なくしては、新たな支援の議会採択は難しいのではあるまいか。恐らくは、そんな懸念からか、米軍とウクライナ軍は、来年1月、ドイツで「今後の対ロ戦を戦うための戦闘ゲーム」を実施するとのこと。
いずれにせよ、ウクライナ軍には、今冬は厳しいものになりそうだ。
ウクライナが戦果を焦って,戦線の最先端では無理な作戦が行なわれ始めた、との報道も多く眼につき始めているし,亦それ故か、戦闘での死者や負傷者は増え続け、そんな中、新兵補充も中々進んでいないとも伝えられる。
加えて、過去半年で、米軍とウクライナ軍との間で、新規に補充した機甲部隊を使っての攻撃先の優先度を巡って、見解の違いも明らかになってきたようだ。米軍は南部の海岸沿いの領土の開放を優先すべしと主張、対して、ゼレンスキー大統領を始めとするウクライナ側は、南部奪取には強固なロシア軍の防衛網を突破しなければならず、ハードルが高いこと。さらに首都キーウを防衛するためにも、むしろ東部の解放を優先すべしと…。
結果は、尤も避けねばならなかった、2方面作戦の同時遂行だった(Ukrainian military leaders have said they believe the American expectation were unrealistic especially given the fact that they had no air-power with which to protect their ground units: NYT紙12月11日)。
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