鷲尾レポート

  • 2024.03.11

Double Hatersが帰趨を決める、2024年米国大統領選挙

3月5日の、15州での予備選(スーパー・チューズデイ)の結果、共和党内の大統領候補者争いに唯一残っていたヘイリー女史がレースから脱落、これで事実上(形式的には猶、7月15日~18日の同党大会による選出手続きが必要だが…)、トランプ前大統領が共和党側の候補となることが確定した。これを受け、トランプ共和党候補は、民主党バイデン候補に討論会の開催を早々と提案している。

 

一方、常ならば年初に行なわれるはずの大統領一般教書演説を、本年は敢えてスーパー・チューズデイ後の3月7日まで引き延ばしていた民主党のバイデン大統領も、同7日の演説の中で、自らの施政の実績を自賛、返す刃で、名指しこそしなかったが、トランプ前大統領を「米国民主主義を脅かす脅威」と決めつけ、前大統領が唱える主義や主張への敵愾心を露わにした。(**民主党側の候補を正式に決める大会は、8月19日~22日開催)。

 

以上、要するに、2024年米国大統領選挙の事実上の開戦の狼煙が、共和・民主両陣営から、ほぼ時期を同じくして打ち上げられたわけだが、しかし実態から見ると、トランプ・バイデン両陣営共に、スーパー・チューズデイ後が実質的な大統領選挙開始時期だとの見方では、恐らく一致していたはず…。つまり、両陣営共に、それぞれの選挙参謀達が練っていたスケジュール通りに選挙戦が進み始めた、と理解すべきだろう。

 

例えば、トランプ陣営は、この時期までに、共和党内を完全に掌握してしまうことを心掛けてきた。トランプには岩盤支持層がある、という強みを背景に、2年毎に選挙を迎えるが故、常に浮き足立つ下院議員達の心情を見透かして、先ずは下院共和党内の完全掌握を目指したのだ。具体的には、下院共和党保守派を背後から後押しして、若手保守派のジョンソン議長を誕生させ、更に、選挙に臨んでトランプ候補に不利にならないよう、折々の争点管理に神経を集中させてきていた。

そうしたトランプ陣営の努力は、ウクライナ支援とメキシコ国境からの不法移民大量流入の抑制とをセットにして、共和党側にアプローチしてきた民主党側の妥協案を、躊躇なく蹴った下院共和党の姿勢に端的に反映されている。

上院民主党主導の、ワン・パッケージ式アプローチで妥協すれば、大統領選挙の際、強硬な不法移民対策を争点に仕上げようとしていたトランプ陣営としては困るわけで、だから、ウクライナ支援を後回しにしてでも、「不法移民は米国の国境安全保障の問題だ」と無理矢理に議論をねじ曲げて、大統領選挙での争点潰しに繋がる不法移民問題での妥協を阻止したのだ。言換えると、問題解決に資するよりも、争点として残す方を選択させたわけだ。

そしてこんな姿勢が亦、今回の一般教書演説の中での、バイデン大統領のトランプ前大統領への批判、筆者流に直裁に表現すれば、「前大統領の考え方は、己中心、米国第一主義に害されている。そんな姿勢は反って、国際社会での米国の指導力を削ぐことになり、それは民主主義の盟主としての米国の地位を危うくする」等などの批判、に直裁に繋がってくる。

 

もっとも、そうは言っても、共和党内でのトランプ前大統領の影響力は強まる一方。

直近の、マコーネル共和党上院院内総務の今年末での退任表明はそうした典型的証左。つまり、トランプの影響力は、共和党下院に留まらず、上院にまで及び、遂に自党の上院院内総務を交代させるまでに強まったというわけだ。

こうした党の変貌振りを、嘗て共和党の大統領候補にもなったことのある、穏健中道派のミット・ロムニー元上院議員は「政治とは可能性の途をまさぐることだったが、今やそれが不可能に留める術となってしまった:Politics used to be the art of the possible. Now it’s the art of the impossible」と嘆いている(NYT 2月8日付け:Trump Came for Their Party but Took Over Their Souls)。

更に付け加えておけば、トランプ陣営は7月の党大会に向け、共和党全国委員長に自派の息のかかった人物を就任させるなど、党組織の掌握にも余念がない。

こうした状況を総合判断すれば、トランプ陣営を支える各種政治勢力の、組織としての団結振りは、前回2020年選挙時のそれよりはむしろ強くなっている、とすら言い得るだろう。

 

だが、トランプの選挙陣営も、その思惑が全て通っているわけではない。

一例を挙げれば、同陣営では、上記ヘイリー女史がこれ程長く抵抗するとは思っていなかった。言換えると、同陣営は、彼女の選挙継続努力を出身州であるサウス・カロライナまでで止めようとしたのだが、どっこい、脛に傷持つトランプ自身の捲いた幾つもの裁判事案等で、トランプの勢いが止まるかもしれないと踏んだヘイリー女史の踏ん張りで、スーパー・チューズデイでの一連の投票実施という羽目に追い込まれた。

そしてそのスーパー・チューズデイの投票で、ヘイリー女史に、バージニアやノース・カロライナ、或はカリフォルニアといった各州の、郊外に住む穏健派を自認する共和党員や無党派層の支持が集まったのだ。だから、これらへーリー支持票が、11月の本番選挙でトランプ支持に回る確率が一体どの程度あるのか…。筆者には、そこにトランプ陣営の弱さも垣間見られた気がしてならない。

 

勿論、トランプ陣営の選挙参謀達の思考は、もっと奥が深いだろう。

例えば、少し前のサウス・カロライナの予備選を例にトランプ陣営の目論見を深読みしてみると、そこには、民主党バイデン候補の支持基盤である黒人やヒスパニック有権者を切り崩そうとの思惑も見え隠れしていたからだ。

元々、サウス・カロライナは、2020年大統領選挙で、選挙戦初期には躓いていたバイデン候補が、それまでの劣勢を取り返した州。だからこそ今回、バイデン大統領はそんな縁起の良い州を、自らの選挙戦スタートのキック・オフの場に位置づけていた。

対抗するトランプ陣営は、そんなバイデン陣営の狙いを知って、逆に、この州でトランプの強さを見せつけ、バイデンの立場を弱めようと画策、共和党内から大統領選に出馬していた、同党の黒人上院議員を早々と自陣営内に取り込み(恐らくは副大統領候補の一員とか何とか匂わせて…)、南部での黒人やヒスパニック有権者への浸透を画策したのだ。そう考えると、ヘイリー女史の試みは、黒人票やヒスパニック票がトランプに流れた現実を見ると、結果として、トランプ陣営のそうした目論見と実績を確認させただけ、に終わったのかもしれないではないか…。

 

一方、バイデン陣営も、今回のテレビなどを通じての年頭一般教書演説が、これから党大会のある8月までの期間での、最大の聴衆を見込めるイベントだとして、バイデン政権の実績と次の4年の政策課題を有権者に売り込む、絶好のチャンスと位置づけていた。

この演説を前に、バイデン政権が、ハマスとイスラエルの戦闘で最大の被害者となっているガザ在住のアラブ人を念頭に、食糧など支援物資を搬入するため、米軍がガザに臨時港湾を仮設する計画を発表したのも、人道的措置だとの建前は別にして、冷徹に煎じ詰めれば、ミシガン州やウイスコンシン州の民主党予備選で、アラブ系有権者が示した“バイデン支持uncommitted”の意思表示への、緊急対応策とも言うべき措置に他ならないわけだ(もっとも、この措置だけで、パレスチナ系有権者のバイデン抗議が止むとも思えないが…)。

 

いずれにせよ、こうした位置づけの一般教書演説が終わった。

それ故、バイデン陣営はこの演説直後、バイデン大統領を激戦州のペンシルバニア州フィラデルフィアやジョージア州アトランタへ、ハリス副大統領をアリゾナ州やネバダ州へ、そしてバイデン大統領夫人をも再度、女性票獲得のための遊説に送り出したのだ。

と同時に、バイデン陣営は急ピッチで、それら激戦州での組織固めに傾注し始めた。例えば、接戦を予想されるウイスコンシン州だけをとっても、今後1ヶ月以内に州内に31カ所の選挙事務所を開設するという。同州内で、トランプ陣営が未だに選挙スタッフを充足していない実情を勘案すれば、この早さは特筆に値するかもしれない。トランプ陣営が共和党組織の掌握に動いている間に、既に民主党組織を掌握しきっていたバイデン陣営は、その一歩先の激戦州の草の根対策の準備に入っていたという次第である。

 

手元の選挙資金の量にも、バイデン有利の兆候が見られる。バイデン陣営の主要なPolitical Action Committee(PAC)は、今日時点で既に、8月(民主党大会でバイデン大統領が正式に党の候補になる時期)以降、2億5000万ドル以上のTVやデジタル媒体での広告枠を確保済みだという。

対して、トランプ陣営の中枢PACは、2月時点で2000万ドルしか手許にない状況。集めた資金多くを、トランプ候補の裁判対策に費やせざるをえなかったからだとのこと。この資金量の差が今後、埋まってゆくものかどうかも、大いに気になるところだろう。

 

今は未だ3月、本番選挙のある11月までには7ヶ月強もある。その間には、色々なことが多く起きるはず…。

例えば3月25日には、ニューヨーク地裁で「口止め料事件」(ポルノ女優に口止め料を、自らの選挙資金から出した容疑)の初公判が開かれるが、その審議は恐らく6週間かかると見られている。だとすれば、この期間は、トランプ候補は選挙運動もままならなくなるかもしれない云々。

4月には日本の岸田総理が「国賓待遇」で米国を訪問、米国議会での演説も予定される。当然のことながら、バイデン陣営は、この種のイベントを米国の指導力を示すものとして、大々的に選挙キャンペーンに使うかもしれない。そんな中、「もしトラ」事態の発生に備えて、その訪米時期に岸田総理がトランプと会談してみせるか否か云々…。

 

いずれにせよ、そうした見通しの立たない現状では、選挙の結果についての予測をいくら並べても、無駄な作業の積み重ね。故に、以下では、今後7ヶ月強の選挙戦の見所を列挙しておくに留めたい。

 

先ずは、通常ならば7月もしくは8月の、民主・共和それぞれの党大会後に、両党の候補者同士の一騎打ちの局面が来るわけだが、今回は早々と、そんな対決局面が展開されるかもしれない。事実、トランプ陣営は、本稿冒頭にも記したように、両者の討論会を提案している。しかし、バイデン側は恐らくは応じず、あくまでも現職の立場の有利さを維持するため、討論は両者が正式に(形式的に)党代表になってから、との姿勢を取ると思われるが、果してどうだろうか…。

更に亦、これまでは、どちらかと言えば、大手マスコミ(新聞やテレビラジオなど)は、トランプの過激すぎる言動を、報道する際に自己抑制してきたが、今後は、そうした抑制的態度をかなぐり捨て、共和党候補の言動として、かなり忠実に報じることになるだろう。バイデン陣営も実は、そうした報道態度を望んでいる。それの方が、トランプの過激な言動が有権者、とりわけ中道有権者に伝わりやすいとの判断からだが、実際にそんな、SNS的に言えば炎上する発言や行動が、トランプから発せられるかもしれない。そんな期待が、バイデン陣営にはありありと伺える。

 

第二は、バイデン、トランプ両候補とも、決して強い候補ではないこと。

トランプがクリントン女史に勝った2016年の大統領選挙でも、有権者の一般投票では実はクリントン女史が勝っていた。トランプが勝てたのは、獲得した大統領選挙人の数が多かったからに過ぎない。同じように、バイデンがトランプに勝った2020年の選挙でも、6前後の激戦州で、バイデンが僅差でトランプに競り勝ったからで、決して大勝ではなかった。それ故、今回選挙でも、それら激戦州のどこか一州で異変が起これば、勝敗は逆転する可能性が極めて大きいのだ。それ故、激戦州での有権者争奪戦は、それら州でのTV広告の激増とも相俟って、激しさを増すだろう。その際、両陣営の言い争いは、過激の度を加え続けるかもしれない…。

 

第三は、上記第二とも関連するが、バイデン・トランプ両者とも、現時点での確たる支持層は有権者の40%前後で、お互い拮抗しているのではないか、と見られる点である。

思えば、2016年選挙でトランプがクリントン女史を破り、当選が決まった瞬間、トランプ選挙陣営が発した第一声が“The forgotten people will never be forgotten again”というものだった。進み行く産業構造のサービス経済化、中国などとの競争…。そうした現実を前に、変化に後れを取り、取り残され感覚に苛まれていた中西部製造業労働者達。嘗ては民主党の支持基盤だった、これら層の、とりわけ非大卒の白人や黒人労働者を、上記スローガンでトランプの旗下に結集させたことが、2016年選挙での勝利の原因だと、当時のトランプ陣営を仕切っていたスティーブ・バノン等は熟知していた。

以来8年、トランプはずっとこれらの層と寄り添ってきた。そして彼ら“忘れ去られた人々”は、今やトランプの岩盤支持層になり、そのスローガンも“Make America Great Again:MAGA”に変わっている。そうしたスローガンに吸い寄せられている支持者が、全米有権者の40%強いるというわけだ。

直近の世論調査(一般教書演説前:NY Times/Siena College 調査))によると、トランプ支持者率が48%。バイデン支持率が43%だった由。

要は、トランプ陣営は岩盤支持層に10%近く上乗せしているのに対し、バイデンの支持率は、彼の高齢への不安感もあって、谷底まで落ちている、といった処…。そしてこの谷の底を支えているバイデン支持者は、言葉を換えれば、バイデンの岩盤支持者にも譬え得る。

そう言った意味で、両候補者の岩盤支持層は、数字的に類似していると言うことにもなる。つまり、一般教書演説を境に、バイデン陣営が、数%支持率を嵩上げできれば、或は逆にトランプ支持率を数%引き下げさせれば…。勝機は十二分以上だと、バイデン陣営が意気込む背景は、そんなところではなかろうか…。

 

第四は、経済状況が悪化する可能性、或は、バイデンの高齢を問題視する声が一層高まる可能性、更には、ガザ情勢の悪化やイスラエルの強硬態度が続く際の、米国有権者のバイデン政権への、対イスラエル寛容度が大き過ぎるとの批判の高まり、そして、第3党候補の出現可能性等など…。

 

第五は、トランプ・バイデンの両候補は共に、有権者からは好意的に見られていないという現実。その意味で、今回の選挙は、そうした“double haters”感情(ユーラシア・グループのつけた表現)を持つ多くの有権者が、実際に投票が始まったとき、どういう態度を取るか、「棄権するのか白票か、或は第3党候補に入れるのか、結局はトランプなりバイデンに入れるのか」、現状、誰もが予見出来ない、そんな前代未聞の大統領選挙となりそうな予感。そんな心理状態の時、米国に何か良いことが起こればバイデンに、悪いことが起こればトランプに、票の行き先が容易に変わってしまうのでは…。海外各国が「もしトラ」に身構える所以であろう。

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