ウクライナ支援法成立に見る、米国議会の政治劇~今なお生きる故オニール議長の教訓~
筆者は昨年12月19日付けで、“米国のウクライナ支援2題”というテーマで自説を展開した。その中で、ウクライナ支援法案が米国議会で立ち往生しているが、「米国政治が故オニール下院議長の語録が示すような、問題の“スコープ拡大”を前提に動いているものであることを知れば、ウクライナにとって、当面、悲観するのは未だ早い」と結論づけた。
そして事実、混迷を続けていた米国議会下院が、本年4月20日(土曜)にウクライナなどへの緊急支援法案を可決、続いて4月23日(火曜)には、独自のウクライナ等支援法案を既に可決していた上院が、送られてきた下院案を丸呑みするような形で、ウクライナ支援法案を新しく採択し直し、これを受けバイデン大統領は即時に同法案に署名、これで米国のウクライナ支援再開が、急転直下、決まることになった。
本稿冒頭で筆者は、“当面は”と記したが、この間の4ヶ月を“当面”という一言で片付けられるかどうかは別にして、ロシアがウクライナに本格進出を再度企てると見られるタイミングまでに、言い方を変えれば、ウクライナの領土防衛には最後のチャンスとも言うべき時期までに、米国は何とかウクライナ支援継続を再開することが出来るようになったわけだ。
思い起こせば昨年末、支援予算枯渇を前に、ホワイトハウスや上院民主党は必死に予算継続策を模索、ウクライナ支援案に、折からの中東紛争絡みでイスラエル支援法案を付け加えたり、トランプ前大統領が主張するメキシコからの不法移民抑制策を絡めたりと、法案のカバー領域を拡大し、そうした中で、何とか下院共和党との妥協余地を創り出そうと努力していた。
だが、下院共和党内を仕切るジョンソン新議長は、そうした民主党側のアプローチをにべもなく拒絶し、上院民主党との交渉の余地をなくすため、年末年始を迎え帰郷心に逸る下院の同僚議員達に、早々と選挙区に戻ることを許したのだった。それが・・・。
4ヶ月後の今回は、ジョンソン議長が自ら積極的に、出身元の保守派フリーダム・コーカスの同僚議員たちの強硬な反対を押し切ってまで、従って議長職を追われる可能性すら案じられる中、ウクライナ支援法案成立に肩入れしたのだ。何故、変身したのか、そして何故それが成功したのか・・・。そこには、米国政治の中で、折々に演じられる独特のドラマが見られわけで、ここではその顛末を少し振り返って見ておきたい。
本年に入ってから、この4月半ばのウクライナ支援法案成立までの間、共和党マイク・ジョンソン議長の周辺には、次の六つの分野で変化が起こっていた。
一つは、ジョンソン下院議長自身の意識の覚醒、二つは、ウクライナや中東情勢の一層の緊迫化、三つは、上下両院民主党指導部、とりわけ上院民主党のチャック・シューマー院内総務からの暗黙の圧力、四つは、共和党のPresumptive Candidateとなっているトランプ前大統領の選挙戦に向けた思惑、五つは、上院共和党ミッチ・マコーネル院内総務の“老いの一徹”、そして六つは、ジョンソン議長のとった立法戦術。
先ずはジョンソン議長自身の覚醒から・・・。米国の下院議長は重職である。連邦議会の上院は各州代表、下院は人民代表。故に、もし大統領が欠けた場合のポスト継承順位は、全国民を代表するという意味で、下院議長は副大統領に次いで序列2位。そんなポストの人物には、折々の国際情勢などについて、政府の情報機関からのブリーフィングが常態的に行なわれる仕組みになっている。
この情報機関からのブリーフィングの内容を、大統領時代のトランプは余り信じなかった。もっと端的に言えば、ブリーフィングの内容にケチをつけ、延いては、そんなブリーフィングをする情報機関の背後に、自分を操ろうとする意図すらあると疑ったのだ。そしてこうした猜疑心が、現時点で数多くの訴訟を抱え込んでしまった彼自身の、「自分への訴追は、連邦司法省の魔女狩りだ」との主張の背景となっている。
だが、ジョンソン議長の場合は、情報機関からのブリーフィングは、国際政治の場での米国の立場をはっきりと自覚した、政治指導者ジョンソンを誕生させる方向に働いた。
米国南部ルイジアナ州の連邦下院議員選挙区の有権者を代表するだけだった、地方の宗教色が濃い政治家、それ故、一議員の頃は、ウクライナへの援助そのものに反対し、昨年末の下院議長就任後は、「ウクライナ支援より、メキシコ国境経由の不法移民急増対策を優先せよ」との、トランプの主張に完全同調していた。それが、本年に入って僅かの間に、「ウクライナ支援こそ、今の米国にとって絶対に必要」と主張するように変節したのだ(I am doing here what I believe to be the right thing. I think providing lethal aid to Ukraine right now is critically important:NYT 2024年4月21日)。
行政府からのブリーフィングで、ジョンソン議長に影響を与えたと米国メディアが特記しているのが、本年2月にバイデン大統領臨席の下、情報機関が議会指導者達に秘密裏に行なった、ウクライナ情勢に関するレクチャーだったという。つまり、二つ目の、客観的な分析に基づく、事態の緊迫化認識である。
席上、CIAのバーンズ長官は、ウクライナの武器弾薬が想定以上に枯渇している実情や、その結果、防空システムが機能しなくなったとき、一体どのような事態となるか、その暗澹たるウクライナの近未来予想を開陳したという。
そうした緊急支援を要するとの情勢認識に加え、三つ目の変化も顕在化する。
既述のように、昨年末から年初にかけては、上院民主党のシューマー院内総務が、共和党フリーダム・コーカス所属議員達の強い主張であり、トランプの持論であったメキシコ国境からの不法移民流入抑止策とウクライナ支援策とをセットにした法案での妥協をジョンソン議長に持ちかけていたが、そんなセット案を肝心のトランプが無下なく拒否した。
しかし、既にウクライナ支援法案を可決していた上院からの、下院でのウクライナ支援法案採択への圧力は、時が経過すればするほど、そしてウクライナの置かれている状況が悪化すればするほど、強まってくるのだった。
そこに四つ目の変化が絡んでくる。
トランプ選挙陣営としては、これからの大統領選挙戦本格化に際し、不法移民問題はトランプ候補の強み、それは即、バイデン陣営の弱み。そんな敵の弱点を、事前に容易く摘み取られてはたまらない。だから、上院民主党が持ちかけてきた、ウクライナ支援法と不法移民対策の相乗り案等はまっぴらご免。
恐らくは、そうしたトランプ陣営の思惑を、ジョンソン議長は鋭敏に嗅ぎ分けたに違いない。そしてそこに、トランプ候補の選挙戦略的思惑と、自分の議長としての問題解決指向の姿勢との間に、大きな段差があることに否応なく気付いてしまう。
事実、この頃からジョンソン議長は、同僚議員達に、公然とウクライナ支援の緊急性を説くようになった( Mr. Johnson made it pretty clear that if we didn’t get this done in April, that it could be too late for Ukraine:前記NYT4月21日)。
しかも、そんな時、ジョンソン議長の許には、全く違う方面からの圧力もかかり始める。共和党内で、己の選挙区内に民主党支持者の多い、それ故選挙に脆弱な、自党穏健派の下院議員達を通じても、ウクライナ支援法を早く本会議に上程しろとの要請(言い換えると、彼らにとっては、法案そのものの成否よりも、本会議で自分は賛成に回ったと、選挙区内有権者に言い訳するための機会を作ってくれとの要請)が増えてきたのだ。
要は、共和党内にも、穏健派は多く、フリーダム・コーカスのような右派強硬派はむしろ少数だという現実があり、その少数派が弱者の恐喝もどきに、トランプ路線をひた走ろうとし、それが共和党を引っ張っている。だが、そんな党内穏健派の多くも、保守強硬派を敵に回し、本会議での支援法成立迄は期待していない。彼らが本心で望んでいるのは、本会議で己の主張を表明するための投票実績だけ。
だが、ウクライナ支援法案を成立させねばならないと、心底思い始めた同議長にとって、事は本会議上程だけでは済まされないのだ。上程する以上は、成立させねばならない。
そんな時に、五つ目の変化をもたらす要因となりうる事実が、ジョンソン議長の頭に浮かぶ。それは、ジョンソン議長の「少々無理してでも下院を通せば、上院では共和党院内総務のミッチ・マコーネル院内総務が、巧くやってくれるだろう」との、ある種の信頼感である。
何故、そう感じたか・・・。恐らくその解は、推測の域を出ないが、前述した情報機関からのブリーフィングに、マコーネル共和党上院院内総務も同席しており、彼が、その説明内容に納得した上で、下院共和党も早くウクライナ支援法案を本会議に上程しろと、暗黙裏に迫ったからである。このブリーフィングの席上、通常ならば政権与党の民主党側に発言を譲るマコーネル議員が、常に反して積極的に、最初に発言を求め、「ウクライナ支援について、最早時間がなくなりつつある」と強調したという。
自ら最後のレーガン共和党議員を称するマコーネルの、“Peace through Strength”をモットーとした、1980年代のレーガン時代へのノスタルジアと、更には、本年末には上院共和党院内総務を辞する決心をした己の身とダブり併せ、「この問題は、単に米国だけの問題ではなく、全世界の自由にとっての問題なのだ・・・それなのに、下院共和党は何をしている」との、ジョンソン議長に対する「叱咤と激励」となったと、筆者は少し感傷的に感じた次第。
後日、この件でマコーネル上院議員を取材したNYT紙は、以下のように解説した。
“It was notable when the typically inscrutable Republican leader asked to speak first at an Oval Office session with President Biden and other congressional leaders. The thinking was that Mr. Johnson, the novice Republican leader whose right-wing members were threatening to oust him from the speakership if he moved ahead with the aid to Kyiv, would be more inclined to listen to a fellow Republican like Mr. McConnell than to pleas from Mr. Biden or Democratic congressional leaders” (2024年4月24日)
こうした以心伝心のマコーネルとの会話は、ジョンソン議長に、自党の上院内総務との間でウクライナ支援に関しての同志的絆を育ませるには充分だったはずではないか・・・。
第五の要因は、ウクライナ支援法成立に向けた具体的な立法作戦を構築しなければならない時機が到来したことである。
恐らく、その準備はジョンソン議長自身がウクライナ支援は必要だと確信した頃、つまりは、前述2月の情報機関ブリーフィングの後あたりから、しかも最初はおずおずと、途中からは公然と、進められ始められた。
各種ニュースを総合すると、2月後半にはフロリダで、3月にはウエスト・バージニアで、ジョンソン議長は同じ考えを持つ、共和党有志の下院議員達と小規模な会合を持ち、ウクライナ支援に向けた法案の中身や、それをどうして下院の中を通して行くかの、シナリオ作りに励み始めた模様。そうした模索の中で、ウクライナ支援に使われる政府資金を無償とするのではなく、一部を有償とし、その返済を、既に凍結しているロシア資産から充当する案なども議論されたと、後日の米国メディアは報じている。共和党内、そして何よりもトランプ候補の反対を封じるのがその目的だったのだろう。
そうした先行準備を経た後、事態はいよいよ佳境に入る。
先ずは、大統領選挙しか頭にないトランプ候補の、本件への関与を中立化“neutered”すること。そのため、ジョンソン議長は4月12日、フロリダ州のトランプの別荘マール・ア・ラーゴを訪問、予てから準備していた、ウクライナ支援の一部を無償ではなく、有償で行なう形態を取り入れることを説明、その案でトランプの大筋の支持を取り付けた。
トランプにしてみても、当選すればウクライナ戦争を即時に停戦させると大見得を切ってはいるが、その際には米国のウクライナ支援が対ロ交渉の取引材料となると見做しており、その援助をこの段階で切ってしまうという、今の共和党強硬派の主張は、本心を言えば単純過ぎると見えている。だから、ジョンソン議長の説得に応じる形で、己の選挙の重荷になるような立場を、早々と放り出したのだ。
そして、そんなトランプの姿勢変質の背景には、直近の世論の微妙な変化も反映されている。昨年10月のギャロップ調査では、ウクライナへの支援過剰の意見が41%であったのが、この3月の調査では支援過剰が36%に減っており、逆に支援不足が25%から36%に増えている。
つまり、ウクライナの苦境が報じられ始めて以降、米国内でウクライナ支援をもっと強化すべしとの声が、次第に回復しつつあるのだ。大統領選挙を戦おうという候補者が、そういった世論の微妙な変化に鈍感であるはずがあるまい。
更にもう一点、ジョンソン・トランプ会談に関して付け加えておくべきは、メキシコ国境からの不法移民問題への対応である。上述のように、来たる選挙戦を見越して、トランプ陣営はこの問題をここで解決してしまいたくはなかった。だから昨年末の、シューマー上院民主党院内総務からの、ウクライナ支援と不法移民問題のパッケージ提案をあっさりと拒否したのだ。
だが、今となっては、そうしたトランプの姿勢が、結果的にはジョンソン議長を助けることになった。民主党内には、不法移民の入国規制強化に対して、今なお強い左派反対勢力があって、この問題を民主党とのディールに使うことは、反って民主党内の反発を強め、この段階でのウクライナ支援法成立に向けたジョンソン議長の立場を弱める可能性が大きくなっていたのだから・・・(後述するように、共和党内のフリーダム・コーカス議員達は、ジョンソン議長に、何故、不法移民問題で民主党から一本取らなかったかと責め続けたが、ジョンソン議長にしてみれば、それは早い段階でトランプ前大統領が降りた問題だ、と言い返したかったはず・・・。こんな処にも、瞬間に流れが変わる政治の方向が、現時点ではどちらを向いているか十二分に把握出来ていない、フリーダム・コーカス議員達の政治音痴振りが垣間見られるというものだろう)。
かくして4月に入り、ジョンソン議長は包括的な下院案起草を事務方に命じ、その作業を4月14日(日曜)迄に終えるよう、指示したという。
想い起こせば、岸田総理が国賓として米国を訪問したのは4月であり、その連邦議会での演説の場を取り仕切ったのがジョンソン議長だった。丁度その頃、ジョンソン議長は苦渋の決断をして、ウクライナ支援法案の準備にいそしんでいた頃だった。
そんな心境だったはずのジョンソン議長は、岸田総理が議会会場で「この世界は、米国が引き続き、国際問題に中心的役割を果たし続けることを必要としている・・・しかし私は、そうした期待のある一方、米国内に、世界における自国のあるべき役割に、自己疑念を持った人々がいることも熟知している」と講演した言葉をどう聞いただろうか・・・。
そして岸田総理が“I am here to say that Japan is already standing shoulder to shoulder with the United States”と続けたことを、どう受け止めただろうか・・・。
そのような推測を、今、重ね合わせると、岸田総理は、ジョンソン議長が真に苦しんでいる最中に、議長の努力を多とする言葉を、議長が主催する会場で、議長が背後に座る中、タイミング良く発したことになるではないか・・・。
いずれにせよ、米国下院での、ウクライナ支援法案の命運を決める、共和党内保守強硬派との本格的な決戦は、4月15日(月曜)から始まった。
この日、ジョンソン議長が明かした下院版ウクライナ等への支援法案の概要(詳細な資料は4月17日に公表された)は、基本的には2ヶ月前に上院が採択していた民主党の支援法案と内容はほぼ同じ。ウクライナ向け支援に600億ドル強、イスラエル向け支援に260億ドル強、インドー太平洋向け(含む台湾)に80億ドル強で、総額は950億ドルである。
但し、これら支援案は、ウクライナ、イスラエル、インドー太平洋向けに、三本の法案に分割され、それぞれ独自に本会議採択にかけられる。
そのウクライナ向け法案の中には、上院版にはなかった条項として、同国の経済分野への支援100億ドルはローンとし、従って有償となるが、2026年から始まるその返済の際、時の大統領に、ウクライナへの返済免除の諾否権限が与える仕組みも盛り込まれた。この条項、その時に仮に大統領がトランプであっても、役に立つはず。
更に、ジョンソン案では、既に凍結されているロシア資産を、ウクライナ向け資金の補填などに使えるよう、売却できる旨の項目も含まれている(実際に発動されるかどうかは、政治判断によることになるだろうが・・・)。加えて、イスラエル向け支援の中に、新たにイラン向け制裁条項も加えられている、
もう一点注目されたのは、既に下院が採択したが、上院が採択を拒んでいた、中国ネット大手のバイトダンス(字節跳動)が運営する動画共有アプリTikTokの米国内事業を、中国資本から分離するか、或は利用禁止にするかの制裁を科す法案も合体させた(勿論、上院が賛成しやすいように、既存の下院採択法案の内容を、かなり修整した上で・・・)
つまり、ジョンソン議長の想定する、下院の審議プロセスでは、それは結局、計4本の法案(ウクライナ向け、イスラエル向け、インドー太平洋向け、TikTok対象)で構成されるが、本会議では、先ずこの4本を個別に票決にかける。そして4本が、そうした手順で採択されると、次は、この4本を形式的に1本に纏め、その総合法案を改めて下院本会議の採択に付する。唯、その際は、「丸ごと賛成か丸ごと反対か」の選択でしか、投票出来ない。つまり、総合法案の採択投票では、個々の下院議員には、Yes or Noの選択しか許さないわけだ。
狙いは見え見えだった。
ウクライナ向け支援に賛成の議員でも、イスラエル向け支援には反対の議員もいる。或はTik Tok規制には賛成だが、ウクライナ支援法やガザ支援法の中の人道用途の支援額が多すぎて、信条的には賛成には回りにくい等々。要は、個々の議員達に、4本の個別法案の内容を、横横断的に吟味させると、収拾がつかなくなる。だから最後は有無を言わせず一本化して処理する。
では何故、そんなに毛色の異なる法案を持ち出したのか・・・。その理由は、それぞれの個別法案には、特別に関心を寄せ、従って、何が何でも成立させたいと熱望する、異なった層の、異なった支持基盤があるからだ。だから、自分が「どうしても通したい」と思う法案があれば、それを実現するためには、他の法案の中身に少々不満がある場合でも、自分が最も拘る法案の成立を最優先し、他の法案の内容への不満は、この際、申し訳ないが一緒に飲み込んでくれというわけだ。つまりは、各々の議員の信条の中で、AよりはB、或はBよりはCといった選択を迫ると共に、異なる関心を扱う諸法案をかき集めてくることで、総合法案総体への支持基盤を最大公約数にまで拡げようとしたわけだ。
全体を一括処理する方針・・・。
しかし、だからといって、個々の議員の発言権を全否定することは、民主主義を標榜する議会としては出来ない相談。
従って、そうした矛盾への弥縫策として、下院本会議で、4本の個別法案には、それぞれに個別議員からの対案の提出を許すが、それら対案は即時に賛否投票に付される。そして、それら個別対案が否定されてしまえば、これ亦即時に、本会議上程された4本の法案の一本一本の賛否に移る。
そして、前述を繰り返せば、それら4本が原形のまま採択されれば、次は、それら4本を再度総合化し、一本に纏め上げるという手順。
下院の手で、4法案を形式上一括した総合法案に仕上げさせるのは、下院から法案を受取った上院側も、それで一括処理出来るからだ。
元々、ジョンソン議長の手許で準備された、下院版ウクライナ等支援法の内容は、上院で既に採択済みの案をベースとしたもの。それ故、その大本を下院で採択してしまえば、その後の上下両院協議会での両案の内容調整も簡単なはず(実際には、両案が余りに似ているため、今回は内容の調整手続きなど殆ど必要なく、上院側は、下院から送られてきた法案に、今度は上院側が内容をすり寄せれば良いだけの話しだった。つまり、それ程上院案の内容が、ジョンソン下院案に採り入れられていた)。
逆に言えば、ホワイトハウスも上院民主党指導部も、そして下院共和党のジョンソン議長も、ウクライナなどへの支援法成立をそれ程までに急いていたわけで、この法案の処理の仕方への、それぞれの立場からの許容振りは、前述した共和党マコーネル上院院内総務の「ウクライナ支援について、最早時間がなくなりつつある」との認識が、関係者の間で十二分に共有されていたことを物語るものだろう。
そんな認識共有故、バイデン大統領は、4月17日、ジョンソン議長が、上述のようなウクライナなど支援法の内容を公表した直後、即時に声明を出し、下院法案の本会議上程を歓迎するとともに、その即時採択を議会に呼びかけたのだった。
これなどは、同法案の中身をなす4本の個別法案を、大統領は確実に署名すると表明したようなもの。拒否権発動は勿論、Pocket Vetoも使わないと・・・。だから大統領の言外には、各々異なった利害を有する下院議員たちに、今は自分が拘る利害の実現を最優先し、総括案に賛成票を投じるよう、促す意図が明白に滲み出ている。
しかし、ここまで準備が整っても、物事はそう簡単には進まない。
ジョンソン議長の想定通りに、下院の本会議審議が進むためには、4月18日(木曜)午後に開催が予定されていた、下院のRules Committee(議事運営委員会)が採用するルールが、“ジョンソン議長の思惑通りのもの”でなければならなかったからだ。
つまり、ジョンソン議長の構想通りに物事が進むかは、偏に18日午後のこのRules Committeeが、ジョンソン議長の想定したルール(例えば、全体の討議時間は何時間、或は、質問者は何人等から始まって、法案を4本に分割、それぞれへの修正提案は許すが、その修正意見に対する議論は許さず、即賛否を取る等々の詳細)を承認するかどうか、にかかっていたわけだ。
ここで亦、若干の説明が必要になる。第118議会の下院Rules Committeeは、共和党9名、民主党4名の構成だった(勿論、委員長は共和党)。
但し、その共和党9名の中に、フリーダム・コーカス所属の議員が3名配置されていた。この配置は、ジョンソン議長の前任者、共和党ケビン・マッカーシー議長が、自らの議長就任を支持する条件として、フリーダム・コーカス側の要求を飲んで実現したもの。
極右派にとって、本会議審議のルール設定を担当する、この委員会に自分達の仲間がいることは、下院全体の法案審議に決定的な影響力を持ち得る道理。そして、今回の場合などは、真にその典型例。
従って今回、Rules Committeeの極右3名が、自党のジョンソン議長の意に反し、徹底抗線の構えを見せたため、残りの共和党議員もためらいの色を見せ、共和党として中々纏まった姿勢を打ち出せない。それ故、同委員会での議論は18日の夜に迄及んだ。
そして、そんなルール設定作業が行き詰まったとき、ジョンソン議長に手を差し伸べたのは、ハッキーム・ジェフリーズ下院民主党院内総務の指示を受けた、同委員会の民主党所属議員達だった。その民主党側からの押しによって、同委員会としての多数決による決定が促され、結果、ウクライナなど支援法案の本会議審議ルールに関し、ジョンソン議長の想定通りで良いとする意見に賛成9票、反対3票となった。これで、漸く、翌朝の本会議審議ルールは、ジョンソン議長が捻り出した案通りに進む可能性が倍加したのだ。賛成票9票に中には、共和党穏健派の5票が入っていた(委員長は、立場上、投票せず)。
斯くして、翌4月19日(金曜)午前、下院本会議は先ず、前夜Rules Committeeが採択したルール(Procedural Matter)を、ウクライナなど支援法案の本会議審議に際して採用するかどうかについて、票決を行なった。結果は、「このルールを使用する」に賛成が316票(民主党165票、共和党151票)、「このルールを使用する」に反対が94票(民主党39票、共和党55票)だった。そして、この票決結果は、翌20日(土曜)に行なわれる、ウクライナなど支援への、ジョンソン下院議長案が採択される可能性を大いに高める得票差だった。
そして事実、翌4月20日(土曜)、下院本会議は4本の法案の採択投票を、予め決まっていたシナリオ通りに実行、それら4本全てを採択する。
その賛否結果は、以下の通りだった。
長すぎた本稿だが、その終わりに、冒頭で記しておいた故オニール議長の語録を、改めて紹介しておこう。
そして、これが文字通りの最後だが、4月30日、下院民主党のジェフリーズ院内総務は「共和党の一部が、ジョンソン議長解任動議を出しても、民主党はその動議を否定する」と公に宣言した。ジョンソン議長への謝意と、超党派で出来た先例を共和党フリーダム・コーカスの横車では潰させない、との明確な意思表示だ、と受け止めるべきだろう。
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