鷲尾レポート

  • 2024.06.24

暴走老人と物忘れ老人の、米国版“天王山” ~もし、貴方がバイデンの選挙参謀だったら、この段階でどんな手を打つか~

国際情勢波高し、ウクライナと中東で戦火が止まず、パリ・オリンピックが迫る中、欧州でテロの危険があるとの噂も絶えない。その欧州各地の選挙では、流入する不法移民や拡大する格差への不満などから、極右勢力が躍進し、英国やドイツ、さらにフランスなどでは、現政権の基盤が揺らぎ始めている。

加えて、予測不能なプーチン、同盟化するロシアと北朝鮮、中国に接近するロシア、自国の立場をむき出しにし始めているインド、実利を求め洞ヶ峠の筒井順慶を決め込むグローバル・サウス、そんなグローバル・サウスにすり寄る米欧や中ロ等々。
そのような激変の世界を目の前にして、日本の、米国国内政情への関心も、従来にも増して大きくなるばかり。

その米国の大統領選挙戦では、「もしトラ」、「ほぼトラ」、「そして、再選されても途中でバイデンが倒れれば、ひょっとしてハリもあり」・・・。
要は、先行きは不透明感が増すばかり。「ほぼトラ」に備えて、メキシコなどは、予防的に、対米政策を精査し直し始めているらしい(Mexico Prepares for a Potential Trump Win : NYT2024年5月9日)。亦、当然だろうが、米国内でもトランプ再選に構える動きも出て来ている(The Resistance to a New Trump Administration has Already Started:NYT 2024年6月16日 )。

誰が大統領になるかによって、政策の基本方針も大幅に変わる可能性があるとなれば、バイデンか、トランプか、ここは米国の国際的役割の将来を決める分水嶺、日本史好きの筆者に言わせると、羽柴秀吉と明智光秀が戦った“天下分け目の天王山”の如し。

バイデンが勝てば、英国のFT紙が指摘するように、これまでの米国路線が、少し推進力は落ちるだろうが一応確保される、それは、この20年間に徐々に進んだ、世界の米国への信頼低下を食い止める試みが、一応、今後も進められることを意味する。
だが、トランプが復帰すれば、米国の行動様式に大いなる不確実性が持ち込まれ、米国が世界秩序のguarantorでなくなる可能性も増大する・・・。

両候補者とも必死である。
ポピュリズムを身に纏い、挑発的言動で耳目を集める、そんなトランプは、90以上の罪状に問われ、当選しないと(当選して自分で自分を恩赦しないと)逮捕される可能性に、内心では怯えているはず・・・。万が一、刑事罰に問われるという事態になれば、米国のような罪状累計の国故、累計懲役何十年となることだって理屈上では在り得る話。それ故、ここは何が何でも勝たねばならぬ。

他方、バイデンも、恐らくは己の年齢を十二分に意識しながら、出馬を止めるに止められない状態で今日まで来てしまった。勿論、そんな情緒的な問題だけではないだろう。己の遣り掛けの仕事が、トランプ復帰によって全チャラにされる可能性だけは防ぎたい等々・・・。

バイデンが出馬宣言したのが昨年4月。丁度、年度予算が枯渇し、その延長を巡る対議会交渉が始まったばかりの頃。つまり、そこで出馬宣言をしておかなければ、行政府の予算枯渇に際し、議会共和党との交渉の当事者にはなれない状況だった。だから、否応なく、再出馬宣言をせざるを得なかったのだが・・・。そんなためらいの心境が、その後の資金集めパーティーの席上での、あの有名な発言「相手がトランプでなければ、自分は出馬したかどうか分らない」に繋がっているのだろう。

それだけではなかろう。バイデンの背中を押すのは、彼なりの米国民主主義への危機感と、トランプが復帰した場合の、「彼が何をするか分らない」との恐れ。それ故、バイデンも背水の陣を敷いて、今回選挙に臨んでいるはずだ。

しかし、バイデンへの有権者の眼は冷たい。
最近の政権には類例がないほどの立法成果を挙げながら、言い換えると、世界経済の中で米国一人勝ちのような状況をもたらしているにも拘わらず、インフレを知らない世代が社会の中心を占めるに至っている現在の米国では、有権者の心中にある物価上昇感が、バイデンへの支持率低下の根本原因となってしまっているからである。

更に、米国の金融経済化と、結果としての金融資産の偏在が、社会の所得格差拡大の促進要因となり、“持たざる”非大卒の黒人・ヒスパニック労働者の不満の矛先が、現職大統領たるバイデン批判に直結する構図が出来上がっている。

亦、そうした非白人の典型であるヒスパニック系有権者にとって、メキシコ国境を越えてやってくる不法移民は、同じヒスパニック系・黒人系だとは言え、先住の自分達の(唯でさえ脆弱化している)生存基盤を脅かす存在に映る。それなのに、バイデン政権はこれまで、そんな不法移民に甘い態度をとり続けてきた。だから、一部ヒスパニック票がバイデン離れを起こしているのだ。

加えて、上述のような一部有権者(その多くは、嘗ては民主党の基盤層だった)の、バイデンへの不満は、バイデン自身が醸し出す、なんとも言えぬ老人臭さ(表情、動作、歩き方等々、そして時折に見せてしまった転倒等々)と相俟って、若さと革新性を欠く、政治の古狐としてのバイデン像を、否応なく、定着させてしまう。

つまり、トランプのバイデン批判の姿勢(嘗ての民主党支持者だった、“忘れ去られた人々”の側に立ち、バイデン経済政策を失敗だと決めつけ、不法移民急増はバイデン政策の所為だと責め、併せて、バイデンこそリベラルに染まった腐敗したワシントンの象徴だと批判する)は、極めて計算され尽くした、熟考の産物なのだ・・・。

現状までの処、そんなトランプの選挙戦術は完璧なほど、巧く機能している。本年に入ってからの各種世論調査結果が、トランプの優位を伝え続けているのだから・・・。

しかし、そんな各種世論調査を眺めていると、幾つかの傾向も併せて読み取れる。

第一は、トランプ支持率がバイデンへのそれより高いといっても、その優位差は、一般のイメージほどには開いてはいない。直近(6月15日)の世論調査(全調査平均)を見ると、全国ベースでのトランプ支持率は39%、対するバイデン支持率は38%、その差は1%前後。この傾向は、5月以降、余り変わっていない。

***トランプのニューヨークでのポルノ女優への口止め料を選挙資金から出した、その処理を巡る裁判での有罪判決は、支持率に余り影響していない。同じ様に、バイデン大統領の息子が関わった裁判で、息子が有罪判決を受けたが、その結果は、バイデン支持率に、今のところ殆ど影響していない。要は、トランプ前大統領・バイデン現大統領を、有権者は、良かれ悪しかれ既に熟知しており、今更何があろうと、両候補への好印象や嫌悪感に余り影響しないのだ。

第二は、優位差が僅差になっているのは、第三党候補、とりわけロバート・ケネディJRが7~9%程度を取る可能性が示唆されているからだ。世論調査でも、選挙が“バイデン対トランプの2者対決”の場合という前提を置けば、トランプ支持率46%±α、バイデン支持率45%±βといった数字になるが、そこにケネディーを加えた3人レースとなると、上記のように、トランプ支持率39%、バイデン支持率38%といった風に、両候補者への支持数字が4~5ポイントずつ下がる。つまり、その数字低下は、ケネディーに食われてのもの、というわけだ。

それ故、この潜在的ケネディー票が将来、どう移り変わり(現状維持なのか、支持基盤が縮小して行くのか、逆に増大して行くのか【彼は脳に病気の痕跡を残している:病歴】)、そして、ケネディーへの支持率変化がトランプ陣営、バイデン両陣営に凶と出るか、或は吉と出るか、まだ余り分っていない(ケネディー票は、半分はバイデンの支持基盤から、半分はトランプの支持基盤から、それぞれ流出するというのが、一般説)。

第三は、これ迄の世論調査では、一般有権者(registered voters)と実際に投票する意志を持つ有権者(Likely Voters)とを、必ずしも厳密に区別してこなかったという点だ。
それ故、最近、NYT紙は、この違いを厳密にした記事を数多く書き始めている。
結論的にいえば、この違いを厳密にして世論調査を見返すと、registered voters層ではトランプ支持が多いといっても、結局、彼ら(その多くは、繰り返しになるが、非大卒のヒスパニックや黒人有権者)の一定数は、実際の投票に行かないと推定され、それ故、Likely Votersベースではトランプ支持率はかなり落ち込む傾向が明白となるらしい・・・。

最終的に投票所に足を運ばない、或は、郵便投票もしない、と目されている彼らは、「バイデンが強調する、米国民主主義の将来などには関心が薄く、バイデンへの反感も、経済状況や社会環境下での、彼らの遇され方に対する不満、言い換えると、格差社会下での、自らの立場への不満故であって、繰り返しになるが、その反感対象にバイデンが選ばれている、そんな要素が多々あるようだ。

対して、バイデンの支持層は、どちらかといえば旧来の伝統的民主党支持者、とりわけ中高年から構成されており、その分、registered votersとlikely votersとの隔離が小さい。つまり、登録有権者と実際に投票すると答えた有権者の間での、度合いの差は余りない。

そしてこの現実は、バイデン選対に、ある種の矛盾を提起する。従来ならば、投票棄権者を如何に投票所に足を運ばせるか、そういった、謂わば、駆り出し作戦を駆使すれば良かったのが、今回の場合、下手にそんな駆り出しを、非大卒のヒスパニックや黒人層に行なうと、彼らはトランプに投票しかねないからだ。それならば、一層、彼らが棄権のまま寝ていてくれた方が良いのだから・・・。

一方、この予測は、トランプ陣営の側に、むしろ積極的に、そうした、寝てしまうかもしれない、本来は民主党に投票する傾向の強い有権者に対し、今回は逆に、むしろ積極的に投票を働きかける誘因が生じていることをも意味する。

しかし、そこにも亦、矛盾が生じかねない。彼ら潜在的トランプ支持者達は、同時に、潜在的民主党支持者でもあり、嫌バイデンではあっても、必ずしも、嫌民主党だとの保証札が着いていない。事実、ミシガン州などでは、彼らはバイデン支持には回っていないが、民主党上院議員候補支持には傾く気配もあって、大統領選挙ではプラスでも、上院選ではマイナスに働く可能性があり、共和党組織全体としては、対応に苦慮する処も大だと見做されている・・・。

第四は、大統領選挙は、全国ベースでの投票での勝ち負けではなく、州毎に割り当てられている選挙人(Electoral College:全米で538人、その過半数の270人)を、どちらが勝ち取るかの競争だという点。

これまでの大統領選挙の実績などから、民主党の支持基盤の固い州(Blue States)と共和党支持基盤の固い州(Red States)は、ほぼ確定している。

6月18日現在の、州毎の勢力分布図を見てみると、民主党候補への支持が固定化されているのは14州とそれに首都ワシントン地区、更に、民主党候補支持がほぼ確実と見做せるのが3州、加えて、現時点で民主党候補支持に傾いている州が1州(ニューハンプシャー)、それらは米国の東西両海岸沿いの州を中核とし、合計で18州に達する。

対して、共和党候補支持で固定化されている州が19州、ほぼ確実視される州が4州、共和党候補支持に傾いている州が1州(ノース・カロライナ)で、それらは米国中西部や南部を軸に、合計で24州。

***ネブラスカ州とメイン州は、上記18州並びに24州と異なって、Winner-Take-All式の選挙人配分システムを採っていない。それ故、それぞれの州の配分方式に則って、現時点の世論調査結果をベースにして、メイン州の選挙人の内1名はバイデンに、残り1名はトランプにそれぞれ帰属させてある。同様に、ネブラスカ州の選挙人も、1名はバイデンに、他の4名はトランプに帰属させてある。

***民主、共和両党候補への州内での支持が、万が一にも逆転しうる可能性を考慮して、上記では、“どちらかの候補者に傾いている州”だけには、名前を付記しておいた。

いずれにせよ、上記各州での選挙人獲得競争の現状を見ると、固定もしくは、ほぼ確実に獲得した選挙人に加え、一方の候補者に支持が傾斜しつつある、その意味では勝敗がつきつつある州(バイデンにとってのニューハンプシャ、トランプにとってのノースカロライナ)への配分選挙人を合算すると、結局、現状では、バイデンの獲得選挙人数は226名、対するトランプの獲得選挙人数は235名となる。

つまり、選挙人の過半270名を奪い合う競争は、その意味では、残り6州(選挙人数77人)を巡る争いに集約されてくるわけだ。
言い換えると、その6州の内の何州かで勝つことで、トランプの場合は35人を、バイデンの場合は44名を、それぞれ追加獲得すれば、その候補者が大統領当選を決めたことになる、というのが現状である。

競争の舞台となる、激戦6州とは、中西部3州(ミシガン、ペンシルバニア、ウイスコンシン)とSun Belt地域の3州(アリゾナ、ジョージア、ネバダ)である。

では、何故、この6州が、それ程迄に激戦の州となっているのか・・・。
それは、米国経済・社会を覆っている変化に伴い、その影響を最も被り、故に州内有権者の政党支持基盤が最も流動化してきているのが、この6州だからだ。

米国の製造業は現在、自動車や鉄鋼といった従来型製造業から、ICT絡みの、新しいタイプの製造・サービス業へと、構造が急速に転換しつつある。その結果、中西部諸州の製造業は淘汰の波に襲われており、衰退し始めている。だから、そこで働く労働者達こそ、トランプ陣営が強調している、“取り残された人々”なのだ。

そんな政治状況であることを考えれば、バイデンが今回選挙で、対中EV自動車輸入に大幅な関税賦課を打ち出し、新日鉄のUS Steel買収案件に待ったをかけているのも、当該産業分野の労働組合の支持を得るための措置として理解すれば、極めて分かり易い構図ではないか・・・。

しかし、その一方では、ICT絡みの新型製造・サービス業は、カリフォルニア等西海岸からSun-Belt所在の各州に、相対的に安い賃金を求めて移設されつつある。その産業移動に伴って、エンジニアなどの知識労働層がSun-Beltに移り住んでくる。彼らは、心情的にもリベラル派が多い。

要するに、こういった工場移動に伴う社会構成員の変貌が、激戦州の有権者の基本構造を、大幅に変質させているのだ。だから、昨日の民主党基盤州が、今日の共和党基盤州に、或はその逆の方向に、いつの間にか変貌してしまう現象が起きているのだ。

以上、長々と、2024年大統領選挙戦を巡る環境変化や選挙戦自体の実勢を記述してきたが、時の経過は早く、今や11月5日の投票までに、既に5ヶ月を切るに至っている。

では、残り必要な選挙人の数で、トランプ35名に対し、バイデン44名と、劣勢にあるバイデン側が、最終的に勝ち上がるには、今後、どういう手を戦術的に繰り出して行けば良いのか・・・ここからは、筆者がバイデン選対の選挙参謀にでもなったつもりで、色々と勝手な策を考えてみたい。

6月20日を起点として、11月5日の投票日までのスケジュールを見通せば、4つの軸となるイベントが続く。

それらは、6月27日の両候補者によるテレビ討論(CNN主催)、7月15日~18日にかけてウイスコンシン州で開催される共和党大会、その1ヶ月後の8月18日~22日に開かれるイリノイ州での民主党大会、そして9月10日に予定される2度目のテレビ討論(ABC主催)。

先ずは、第1回のテレビ討論を優位で乗り切ることである。
今回の候補者同士のテレビ討論案は、トランプ側の申し入れが先にあったわけだが、討論の回数(2回)やそれらの具体的日時は、実質的に、バイデン側のイニシエィブで決まったと思われる。

トランプが、ニューヨークのマンハッタンの裁判所で、ストーミー・ダニエルス女史の毒舌を浴びながら、恐らくは屈辱の数週間を送っていた頃を見計らって、バイデン選対が、2回のテレビ討論案を提起したのだった。それにトランプ側が飛び付いた。

その第1回目の開催のタイミングは極めて異例。トランプが、形式上、共和党候補にもなっていない段階で、現職大統領のバイデンが受けて立ったのだ。しかも、その討論のルールなども、恐らくはバイデン側の主張通りとなったのではないだろうか・・・。

逆に言えば、当時苦境のトランプが、それ程までにバイデンとの直接討論を望んでいたのであろう。彼自身、共和党大会での候補者選びに際して、一度も討論会を受け入れなかったにもかかわらず・・・。

だが、トランプがそうした状況だったからこそ、逆に、極めてバイデンに有利な討論スケジュールやルールを、トランプ側に押しつけることが出来たのだ。

CNNが、両陣営の同意を得たとして、公表したルールは以下のようなもの。
時間は90分、冒頭の演説はなし。トランプ、バイデン両候補から、それぞれ相手に主張や質問が5分以内で投げかけられる。どちらが最初に主張・質問するかはコインのトスで決められる。当該の主張・質問への回答は2分以内で行なう。続いて、その回答への再批判、もしくは再反論が1分。

以後このような様式で、順次、個別テーマが討論される。その際、回答や反論時間も、2分なり1分なりの、当該所与時間の終了5秒前になると、手許の赤いランプが点灯する。発言者が、制限時間を超えて猶も発言を続けるようなら、当該発言中の候補のマイクが消音される。

討論中継中、コマーシャルの放映時間帯が2回ある。それが、双方の候補者にとっては、一息付ける唯一の休息時間となる。しかし、そのオフ・タイムといえど、側近達やアドバイザーが候補者に近づくことは禁じられる。会場には聴衆を入れない。

両候補者は、お互いを嫌い合っている。トランプはバイデンを史上最悪の大統領とこき下ろす。バイデンはトランプを、民主主義を危うくする専制主義者だと批判する。

両者が討論するのは、前回の大統領選挙時の2020年10月以来。あの時は、トランプが発言中のバイデンに、幾度となく噛みつき、それをバイデンが批判する。そんなやり取りが頻繁に発生した。

だから、今回は、一方の当事者が発言中は、他方の候補者のマイクは消音されるという。マイクが消音されていても、トランプのこれまでのやり方を見ていると、地声のまま、バイデンの発言を妨げることは充分にあり得るシナリオ。それをCNNの司会者がどうさばくか、そんな妙なところに、門外漢の筆者の関心も行こうというもの。

バイデン選対は、このテレビ討論準備のために、大統領の時間を十二分に確保している。バイデンは、イタリアでのG―7出席の後、ウクライナ和平のための国際会議出席をハリス副大統領に肩代わりさせ、自分は早々と帰国、カリフォルニアでの資金集め集会に出席の後、十二分な時間をかけて討論のリハーサルを行なっている。

他方のトランプは、バイデンのような、厳密な討論リハーサルは行なわない模様。これまでの当為即妙なトランプ流が最も有効なバイデン攻撃策だと考えているのであろう。トランプ選対の説明では、トランプは主催者のCNNそのものを、自身に敵対的メディアと位置づけており、恐らくは、そうした前提で、あくまでもテレビの先の視聴者、とりわけ自分の支持者達に、CNNそのものが、バイデン側に立って、自分を陥れようとしていると、訴えるつもりではなかろうか・・・。

いずれにせよ、バイデンはこの討論で、民主主義への脅威や中絶問題、更にはトランプが打ち出している経済政策、とりわけ富裕層への減税案などを取り上げるつもり。対してトランプは、物価高騰、或は、不法移民急増等をもたらした責任追及や、ウクライナやガザでの戦争がバイデンの大統領任期中に起きたことを取り上げ、自分ならばそんなことを起こさせなかった、との論陣を張るつもり。

要するに、両陣営とも、それぞれの候補者が、それぞれに自説を展開し、相手の本性を曝け出させることが出来れば、自ずと勝敗は決まると、言い張っているのだ(The Trump campaign thinks a winning approach is exposing Biden being Biden・・・The Biden campaign sees a winning debate as letting Trump be Trump:NYT 2024年6月15日)。

尤も、多くの民主党関係者は、トランプの今までの行動様式から見て、今回討論でも汚い攻撃を仕掛けてくるのは必至(it is 100% that Trump will hit below the belt:民主党Van Hollen上院議員)だとし、討論がトランプのバイデン批判で彩られ、バイデンが十二分に反論し得なかった、との印象が残ってしまうことを最も恐れている模様。トランプ的発想からすれば、テレビを通じての自己露出が、己の影響力を強める何よりの妙薬なのだから、恐らくトランプは、バイデンを攻撃しまくるだろうと・・・。

多くの民主党関係者は、そんなトランプの攻撃に対し、バイデンが、「トランプこそ重大犯罪人だ」と切り返すことを願っている。これまでバイデンは、そんな態度を取らずに来た。バイデンがそんな態度を取れば、「自分への罪過追求は司法を使った魔女狩りだ」との、トランプの主張を、逆に裏打ちするものと捉えられかねないためだ。

処が、マンハッタンでの裁判で有罪判決が下った今は、多くの民主党関係者にとっては、「状況が変わった。むしろ、今こそ、トランプを重要犯罪人だと決めつける時期」のように映っている(Democrats Push Biden to Make Trump’s Felonies a Top 2024 Issue: NYT 2024年6月1日)。実際のテレビ討論で、バイデンが、それまでの姿勢を変え、トランプを犯罪人と決めつける、強い姿勢に転じるかどうか、そこら辺も一つの見所であることは間違いあるまい。

更に亦、民主党関係者は、討論の最中、バイデンが言葉を言いよどんだり、名前を失念したりといった、老人特有の物忘れ現象を起こさないか、その種の心配もしている模様。そんなことにでもなれば、バイデンにとっては、致命傷にもなりかねない。

***こうした諸点に関し、この場で、筆者の考えも付け加えておきたい。
現在、7月15日からの共和党大会に向け、トランプは自らの副大統領候補を人選中。NYT(2024年6月14日)によると、トランプが漏らした副大統領候補の人選尺度は、従来のから言われていた外交能力だとか、対議会調整能力、或は支持基盤の補完性などではなく、資金調達力、選挙の達人、そして討論能力の3つだったとのこと。そんなトランプ独自の発想からすると、筆者の全くの思いつきだが、この初回のテレビ討論の場で、自分の副大統領候補の名前を公表する、そんなことも十二分にあり得るような気がしてきているのだ・・・。

***トランプにしてみれば、この討論会は、如何に自分への印象を、放映後も長く残せたかに、その成否がかかっている。その彼のイベント感覚からすると、「注目は浴びてこそ値が出る」という点が重要で、逆に言えば、実質的討論よりも、注目を集めるセンセーショナル性こそが大切、と見做しているのではなかろうか・・・。

***そう考えると、討論の場で、想定外に、敢えて唐突に、副大統領候補を発表すれば、当然、茶の間の話題はそこに集中し、巧くやれば、バイデンがいくら実績を強調しても、マスコミの関心は副大統領候補に向う。その関心を、その後も巧く継続させれば、3週間先の共和党大会まで、その話題の鮮度を持たせることが出来る。何よりも、有権者の、今回討論会を通じてのバイデンへの関心増強を、トランプの副大統領候補発表が封じてしまう効果も期待出来るのではなかろうか・・・(少し筆が走りすぎたかもしれない。ここで指摘したのは、あくまでも一つの可能性)。

あらゆる可能性を頭に置きながら、ではバイデン陣営として、今回討論会をどう活用すれば良いのか・・・。

筆者が、こんな問を提起するのは、バイデンの立法実績が、必ずしも有権者の脳裏に埋め込まれていないからだ。

勿論、バイデン自身、大学生の奨学金返済免除や各種経済立法などを、折に触れ、自身の実績として自賛してきた。だが、これらのアジェンダは、米国社会内に賛否両論がある、謂わば、争点含みの案件である。だから、一方に賛成論者がいる反面、他方には反対論者がいて、そうした案件をバイデンが自己の実績だと主張しても、それを、“誰もが認める”と迄は言い切れないのだ。現実はむしろ、そんな実績吹聴は、「バイデンの嘘だ」と、下手をすると、トランプの格好の攻撃材料にすらなりかねない。

「だから・・・」と、ホワイトハウスの経済アドバイザー、ブレイナード女史は指摘する。「有権者の意見が分かれる案件を、大統領の実績として、いくら強調しても、人々の心に響かない」。故に、実績として強調すべきは、有権者総体がそれを成果と認めるものでなければならない。それが譬え、細か過ぎるものであっても、それらを具体的に強調する方が良いのだ」と(NYT 2024年6月7日)・・・。

 そうした、誰もが認める立法実績として、彼女が挙げるのは、例えば、クレディット・カード代金支払いの遅延金利を大幅に引き下げたこと、或は、糖尿病の薬であるインシュリンの患者負担コストを引き下げたこと、補聴器購入補助を大幅に引き上げたこと、メディケアー経費の患者負担に上限を設けたこと、社会の安全維持のため警察関連経費を大幅に増やしたこと、メキシコとの国境を警備するため、人員の大量増員を行なったこと等々。

こうした実績は、経済政策全般や物価上昇率などと言った、マクロの大きな事案に比べて、細かすぎるが故に滅多に人々の口に上らず、それ故に有権者の認知度も低いが、その実績が知り渡れば、有権者の反応も自ずと変わってくるだろうと・・・。

要は、この種の実績も、今回の討論会の場で、バイデン自身の口から披瀝すべきで、逆に言えば、こうした個別具体的な施策こそ、トランプ自身が詳細を知らず、それ故、反論も出来ないテーマなのだと・・・。

ブレイナード女史は主張する。「この種の、人々の生活コストを削減する実績“cost-lowering agenda”の強調こそ、最も生活に密着し、それ故、最も有権者の賛同を得やすいテーマなのだと・・・。

いずれにせよ、バイデンは、6月27日のテレビ討論を、それ以降の、11月までのトランプ批判の発射台と位置づけ、その討論の場では、自身の実績を誇り、同時に、トランプ批判の材料を有効且つ的確に、有権者の前に提示しなければならない。

そう考えると、CNNが公表した問題提起5分、質問・反論2分、その後に再質問・再反論1分、というフォーマットそのものが、バイデンとしては個別具体的に、細かいテーマに絞って、実績を強調しやすい、都合の良いフォーマットに見えてくるではないか・・・。但し、そのフォーマットをバイデン自身が巧く使いこなせるか否かは、別問題だろうが・・・。

そうした舞台を整えておいて、第1回テレビ討論の後は、バイデン・ハリスのチームは、専ら激戦州対策に集中特化する。何故なら、恐らく討論の後は、有権者の関心は、自ずと7月中旬の共和党大会に集まるであろうから・・・。

だとすれば、バイデン選対としては、広告媒体を使って、専制主義者としてのトランプの詳細を一層拡散させ、リンカーンの共和党が、今やそのような党首を担ごうとしていると、穏健派共和党員や、トランプに傾斜しつつある一部の黒人・ヒスパニック系有権者層に、改めてトランプ共和党への警戒心を惹起させるよう、そんな方向での政治広告を打つのではなかろうか(その際には、例証として、マンハッタンの裁判で有罪判決を受けたトランプ像が大いに活用されるはずだ)。

激戦州6州で、バイデンが必要な追加44名の選挙人を集めるには、6州への選挙人の振り分け状況を前提にすれば、9通りの組み合わせがあるという(例えば、最も選挙人累計数が多くなるのは、ジョージア、ミシガン、アリゾナ、ウイスコンシンの4州で勝つ場合で、その結果、バイデンが手にする選挙人累計は、278人となる。反面、追加人数が最も少なくて、且つ勝てるのは、ペンシルバニア、ウイスコンシン、ミシガンの3州を取った場合で、累計選挙人の数は270人丁度となる。

そうした計算を前提に、バイデン選対が最も重視するのは、ペンシルバニア州(選挙人数19人)。ここにはバイデン陣営の全米選挙本部が、首都ワシントンと並んで、置かれている。この州は、バイデンにとっては第二の故郷。ここで負けるようなら、そもそも全米で勝てるはずがない。だから、どうしても押えなければならない州なのだ。

しかし、この州は西のフィラデルフィアと東のピッツバーグの2大都市圏に分かれ、その2カ所には労働者組合員も多く、典型的な民主党の基盤地域。一方、この両都市圏の間の地域は農村地帯で、典型的な共和党の支持基盤。だから、この2大都市圏での民主党基礎票を、どうすれば取り溢さずに、更には、もっと取り入れることが出来るだろうか・・・。そのための方途が鍵となる。

6月15日現在の、Five Thirty Eight調査によるこの州での支持率は、バイデン41.3%、トランプ42.8%。ほぼ同等と言って良いほどの僅差である。

だから、現行のこの僅差を、バイデンは対中鉄鋼輸入への関税大幅引き上げや、新日鉄のUS Steel 買収へ待ったをかける姿勢を打ち出すことなどで、鉄鋼や自動車産業の労組票・黒人票の支持を固め直し、形勢を有利なものにしようと必死である。
6月27日のテレビ討論に際しても、ペンシルバニア特有の問題をどう打ち出し、同州の民主党有権者を結集できるか、そんなところが見所となるだろう。

唯、この州に関して一点気になるのは、昨年、州民主党は、選挙に際しての有権者登録が自動的に行えるよう、有権者登録の仕組みを変更したが、この変更が今や、放っておくと棄権すると目される、非大卒のヒスパニックや黒人の若者達の投票場への途を切り開いた可能性があることだ。彼ら(本来なら棄権したかもしれない若者層)は、制度改正により、投票がし易くなって、実際に投票する可能性も大きく高まったのではと、推察できるからだ。

そして、この制度改正の恩恵を受ける層の、共和党支持と自己申告した比率が、民主党支持と自己申告した比率を、6ポイントも上回っていた。筆者などは、この差が気になって仕方がないのだが・・・。

バイデン選対が、重視するもう一つの州がウイスコンシン(選挙人数10名)である。ここは共和党が7月に全国大会を開催する州。バイデン選対が、もっとも早い時期から州内各地に多くの選挙事務所を開設し、人員を雇い入れて、草の根ベースでの運動を続けていた所である。

更に、この州の選出共和党議員だったリズ・チェイニー女史が反トランプで、結果、共和党下院ナンバー3の座を剥奪され、党を追われたことは周知の事実。逆に言えば、バイデン民主党は、巧くやれば、そんな共和党穏健派と協働できる余地も、ここには恐らくあるはずではないか・・・。

ウイスコンシン州に関しての、上記Five Thirty Eightの調査では、トランプ支持率41.6%、バイデン支持率41.1%と、これ亦互角の形勢である。直近、トランプは何かの折に、「ウイスコンシンは恐ろしい」と発言した由。それに対し、同州民主党関係者が「嫌なら来るな」と返した話が、面白可笑しくニュースで報じられていた。

バイデン陣営が、このウイスコンシンでも勝てれば、後はミシガン州(選挙人数15名)を取れば、勝利に至る。そして、このミシガン州での、上記Five Thirty Eightの調査では、とトランプ支持率41.8%、バイデン支持率41.3%。ここも亦僅差。

バイデン側が、この3州を取れれば、勝負は決まる。しかし、上記の内、例えばミシガン配分の選挙人15名を失うと、その挽回にはジョージア(選挙人16人)で勝つか、或はアリゾナ(選挙人11人)とネバダ(選挙人6名)で勝たねばならない。しかし、そうした代替州で勝つことは、ミシガンで勝つことよりは、少なくとも難しい情勢のようだ。

下記は、そんなSun-Belt諸州での難しさを、Five Thirty Eight調査の両候補への支持率対比の形で示しておこう。

トランプ支持率 バイデン支持率
ジョージア州 43.5% 38.8%
アリゾナ州 42.0% 39.4%
ネバダ州 42.3% 37.8%

いずれにせよ、上述した激戦州での風向きを、少しでもバイデン側有利な方向に変えるためにも、6月27日の第一回テレビ討論で、バイデンが如何に上手く、それぞれの激戦州での有権者たちの関心事項を、己の実績と今後取り組むべき政策枠組みの中に取り込み、当該州の有権者にアピールすることが出来るか…。そういった意味では、バイデン選対は、今まさに、いかなるテーマをテレビ討論の売りにするか、映画のプロデューサーの如き役割を演じる立場に立たされているわけだ。

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