東京都知事選挙の騒乱に分断社会の予兆を見る~米国大統領選挙でのトランプ旋風を先例として~
7月7日に投開票を迎えた東京都知事選挙。
立候補者が、過去最多の22名を遙かに凌ぐ56名となって、選挙管理委員会が準備していたポスター板に、全候補者のポスターが貼りきれない状態が・・・。
更に、その掲示板枠そのものを売買しようとする商売が現れ、亦、実際に貼られたポスターも物議を醸すものが一杯。加えて、ネットを通じての誹謗中傷も後を絶たず・・・。
喧伝カーを使っての街頭演説に至っては、野次の大合唱や中傷が飛び交い、「恐ろしくて手に負えない雰囲気だった」と、小池知事の選挙応援に馳せ参じていた、筆者の友人がこぼしていた。そんな殺気だった雰囲気は、繁華街でも下町と言われる場所で多かったと・・・。
こうした選挙戦の雰囲気を、選挙後7月8日付の日経新聞は、「狂騒の本質を直視する時」と題し、「既成政党による政治にうんざりし、閉塞感を打破しようとした・・・」、「ネット上ではむき出しの欲望や不満が拡散され・・・」、「何をしてもええじゃないか、と言わんばかりの振るまいが横行した・・・」等と記述、野次や中傷を続けた彼らからは、「首都のリーダーを選ぶ選挙への敬意は感じられなかった」と指摘した。
相手候補への中傷や、明白な暴力的威圧、更には選挙への尊厳という話になると、2020年大統領選挙時のトランプの立ち振る舞いが自ずと比較の対象に浮かび上がる。
というわけで、ここで再び、上述の筆者知人の話に戻ると、現職知事の選挙カーに暴言を浴びせ、亦、同候補の選挙事務所周辺に集まった彼らは、決して豊かではなさそうな服装で、結婚しているかどうか、或は、子供がいるかどうか等、分からない雰囲気の人たちが多く、「そんな人たちを前に、子育て支援の充実や教育費の負担軽減を訴えても、逆に彼らの苛立ちに火を注ぐようなものだった」と述懐する。
失われた30年、とりわけ後半のアベノミクスやコロナ禍の時代、更には、そこからの脱却過程を通じ、日本経済の雇用構造は大きく変質し、結果として、非正規の労働者が増加、それとともに所得や資産面での格差が一気に広がり、社会における貧困層も拡大、若年僧(とりわけ男子)の中には、結婚に益々手が届かなくなっている人たちも多いという。
そんな傾向は東京都市圏でも顕著だそうで、日本都市社会学会等の先行研究によると、バブルが崩壊した1980年代後半以降、個人間、世帯間、職業間の格差拡大と共に、首都圏内部での、在住地域毎の格差拡大も次第に明白になってきている由。
住宅価格の高騰と共に、金持ちは都心中心部に移り住むケースが増え、従来、東京23区や湘南、千葉県北部に住んでいた中産階級も、そうした金持ちの移動の後を追うように、都心部への移住が目立ってきていたという。そして、そうした中産階級の去った後には、製造業やサービス産業従事者が移り住んでくる。
しかし、こうした職業別の人口移動の流れの枠外で、都心下町への移動が目立ったのが、非正規労働者層やアルバイトで生計を営む人たち。今回、選挙戦でゲリラ的に暴れ回った人たちの大半も、予断は極力排すべきだが、そうした都市圏繁華街周辺在住者が多かったのではなかろうか・・・。そうした人たちを、トランプ流に言換えれば、日本版の“忘れ去られた人々”。そんな“Forgotten People”は、日本の場合、特に東京の下町に流入しているのだ。
米国の場合、社会への不満を抱く人々はトランプの下に結集し、彼の岩盤支持層を形成するに至っている。背景には、1980年代以降の所得格差・資産格差の拡大と、それらをもたらしている経済・産業構造の激変、そして、そうした格差を是正せず、むしろ促進するように見える政治がある。そんな流れの中で、社会の底辺に、自分たちだけが置いてきぼりにされているという、鬱積感が堆積して行く。
以上のような、米国の不満層の動きを観察すると、そこに、2つの社会的法則が機能していることが鮮明である。一つは、Tipping効果。二つはMode Locking効果。
前者は、一つの事に不満を感じている人たちが社会構成員全体の25~30%にも達すれば、その時点を境に、発火した火が急速に拡がるように、その不満が社会全体の不満に、急速に肥大・拡散されて行く。
後者は、異なった不満であっても、色々な苦情を持った人たちが一つのコミュニティーに集中し始めると、最初はバラバラだった不満の種が、壁につるした振り子時計の振幅テンポが共振し出すのと同様、何時しか集約されて大きな鬱積の塊に変貌する。
これら2つの効果は、SNS等で独自のコミュニティーが形成され易い昨今、「同じ情報を共有し、鬱積を共有する層」を、容易に社会への反発勢力として、一つの塊に纏めてしまうのだ。つまり、米国の場合、こうした法則的メカニズムに則って、社会の変化に取り残された人々の不満が、トランプの下に、大同結集して来ているわけで、そうした不満層の感情が今や、大きなうねりとなって共和党内を席巻するまでに至っているわけだ。
そんな眼で、今回の東京都知事選での、一部有権者が示した現職知事への非難・中傷振りを見れば、あくまでも私見レベルだが、そこに近い将来の、日本社会の分断の芽を見いだしてしまうのだ。小池知事が、3選後の都政のキャッチフレーズに「東京大改造3.0」を掲げ、「都民の命と暮らしを護る」を挙げたのは、上述のような喧噪の選挙戦を見てしまった眼からは、実際に最下層の反乱への対応までをも事前に意識していたかどうかは別にして、それなりに、“東京の課題(都市圏内の格差拡大)を先取り”した目標の設定だったと、評価しておくべきだろう。
先ずは、知事が、東京都市圏内の格差の実態を、組織を挙げて調査させることを、切に望むところである。
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