鷲尾レポート

  • 2024.08.26

民主党大会後の米国大統領選挙の動向、気づきの特徴数点

2024年米国大統領選挙の、民主党の正式(正副)大統領候補を決める党大会が8月19日(月)~22日(水)にかけて、イリノイ州シカゴで開催された。

大会の直前に、高齢のバイデン大統領がレースから降り、代わりに59歳の黒人女性が大統領候補に昇格することが決まったことで、それまで、まるで死の行進のようだと揶揄(NYT8月9日)されていた民主党内の落ち込んだ空気は一転、ダンス・パーティーのような熱狂が会場を覆いつくす盛り上がった大会に急変した。

こうした雰囲気の中、民主党は、党を挙げて、候補者ハリスのイメージ浮揚を図り、関係者総出の一大イベントを遂行、亦、選挙の中心に、「排除ではなく団結を…」、「過去ではなく将来志向を…」といった前向きの姿勢を前面に出し、大会演台にトランプ政権時代に要職を担った共和党関係者を数名登壇させる等々、Us Versus Themの対決姿勢を強調する共和党トランプ候補との違いを鮮明にする戦略を打ち出した(政策よりはむしろ姿勢として)。

これに先立つ約1か月前の、7月15日(月)~18日(木)には、共和党の全国大会もウイスコンシン州ミルオーキーで開催され、その場では、直前の狙撃事件をかいくぐって壇上に立ったトランプ候補の雄姿を全面に打ち出し、「米国を再び偉大な国に…」(Make America Great Again)のスローガンを全面的に強調する、これまで通りの、対決調の選挙臨戦姿勢を肯定・是認していた。

だが、共和党トランプ陣営にとっては、この期に及んでの民主党候補の差し替えは、恐らく想定外だったのだろう。対戦相手の急変で、世論調査上での、自らを取り巻く選挙情勢の変調が顕著になり、新しい候補者ハリスにどう対応するかを巡って、選挙戦術面で相当大きな混乱が生じた模様。

米国のリスク管理会社ユーラシア・グループの情報では、トランプ候補は、これまで選挙戦を仕切ってきたトップ2人の上に、2016年のトランプ大統領当選選挙を仕切ったコーレイ・ルワンドスキーを選挙対策委員長に据える、組織の指揮系統変更に着手したという。もしそれが事実なら、ルワンドスキ-が仕切った2016年選挙戦の先例を見る限り、あと70日余を残した今回選挙戦に於いても、トランプ陣営からは、一層厳しい、或る意味では一層汚いレトリックが、民主党ハリス候補に投げかけられる様相が濃くなってきたように思われる。

いずれにせよ、タイム・スケジュールは、急テンポで過ぎて行く段階に入っており、次の見所は9月10日のABC ニュース主催のテレビ討論会。適応されるルールも、恐らくトランプ対バイデン時代に決まったものと同じになるのではないかと想定されるが、残す時間が最早あまりない状況下では、そこでの討論が文字通りのハリス・トランプ対決の天王山となるはず…。

筆者には、ハリスを激しく攻撃・非難するトランプに、トランプを相手とせず、テレビの前の全有権者の抱合と未来志向を強調しようとするハリス、しかし、そんな姿勢を許さず、目の前の自分を相手とせよとあくまで迫るトランプ、そんな極端なやり取りさえ、イメージされる程(勿論、単なる妄想だが…)。

こうした状況下、猶、様々な変則的やり取りが、両陣営間で交わされる可能性もあるだろうが、現状のハリス対トランプの選挙に於いて、今後、何がポイントとなるか、筆者なりに気付きの8点を指摘してみたい。

①先ずは、民主党ハリスと共和党トランプの選挙の戦い方の違いについてである。

トランプは、今までに既存共和党の組織を、極論すれば、実質乗っ取った形で、共和党内の選挙マシーンを動かすに至っている(責任者に親族を充てたり、共和党の選挙資金を己の選挙資金と混同したり、更には、選挙組織に新たに人を雇う場合には、トランプへの忠誠を条件としたり等々)。

更に、この前のバイデンとのテレビ討論会に際し、あくまでも自分流を押し通し、党内の協力での十分な討論準備に勤しんだとはとても言えないのが実態。あくまでも、己のやり方、己の価値観に従って、傍目から観て、臨機応変のワン・マン・パーフォーマンスの、トランプ流を貫いている。それは、言換えれば、論争相手のバイデンの、明確は弱点をトランプが観ていたからだろうが…。

これに対して、党大会後の民主党側は、ハリス自身の選挙運動組織に加えて、民主党組織そのものが、今や全面サポートの体制を採り、今後の選挙に臨み始めている。

前々回レポートで報じた通り、この7月末から8月にかけて、ハリス陣営は、自身の選挙組織の大幅な改組に踏み切っており、党大会を経た今日では、その新しい組織の機動力や、或は傘下で動く、民主党各組織の活動ぶりは、活発の度合いを増してくるはず…。

そんな一例を挙げれば、党大会二日目の8月20日、ハリス陣営は、シカゴでの民主党大会と並んで、80マイル離れたウイスコンシン州ミルオーキーでも、大規模な集会を開催、同日の同時刻に、前者2万3000人、後者1万5000人の大動員に成功している(ハリス・ウオルツの正副候補は、前日に大会初日のシカゴに、当日はミルオーキーにと、動き回った)。

何故ミルオーキーだったのか…。ミルオーキーは2020年大統領選挙の際、民主党大会が予定されていた所。それがコロナ禍で、大会そのものが対面式のものからバーチュアルなものへと変更されたため、大規模集会という意味では、スキップされた場所。また、今回選挙でも、決して落としてはならない激戦州の一つ。更に、共和党が全国大会を開き、トランプを正式に党候補と決めた場所。

そのウイスコンシンの、共和党が大会を開いた同じ都市、同じ会場で、ハリス陣営と民主党組織は、党大会に匹敵する会合を開き、それを成功させてみせたのだ。つまり、この種の、ハリス選対組織と民主党の組織との連動が、今後も一層幅広く行なわれることになるはず、と見るべきでは…。

②は、今後益々、「トランプの主張が過去回帰型、ハリスの主張は未来指向型」との、民主党側からのレッテル張りが加速されていくだろう。同時に、トランプ側がハリスへの個人攻撃を強める度合いに応じて、ハリス側からのトランプへの個人攻撃も激しくなるはず…。

こうした状況下、トランプ側からは、ハリス候補に対し、もっと具体的な政策を示すよう、強く要求する姿勢が出てくるだろう。事実、ハリス側が打ち出している政策には、意図的に、内容の詳細に触れないケースが多い。打ち出す政策が具体的になればなるほど、それで既得権益を侵される層も増える道理なのだから…。

トランプ陣営としては、己の側は充分に具体的政策を打ち出していると強調、ハリス側からも、それに応じた具体的、それ故、有権者の反対を導き出しやすい政策を明確化するよう、強く主張してくることになるだろう。

とはいうものの、このトランプ側からの、ハリスの政策への具体性欠如批判には、ハリス側からも、対応努力を示す動きが見え始めている。例えば、ハリス陣営は、トランプ陣営が打ち出した、“忘れ去られた人々”向けの個別具体策を、そっくり取り入れたような、トランプ側から観れば争点潰しのような諸主張を打ち出し始めたからである。(例えば、レストランなどで、客が支払うチップへの連邦税を廃止する等々、トランプ側が言い始めたのを、ハリス側が真似して取り入れた格好。亦、ハリス陣営が、低所得者向けが住宅購入しやすいような税制の改革を打ち出したのも、そうした例の一つとなるだろう)。

③いずれにせよ、直近では、有権者のハリス支持率が高まっており、トランプが、その勢いに押されていることは否めない。8月22日時点で、Five Thirty Eightが纏めた、両候補の全米規模での支持率は以下の通り。

ハリス 47・2% 対 トランプ43・6%(これには未だ、民主党大会終了時の熱気は盛り込まれていないので、1週間ほど後に出る数字では、ハリスの優位がもう少し高く出る可能性がある。下記の激戦7州の支持率数字についても同じことが言えるだろう)

ポリティカル・ワイヤー社の示唆する、選挙人獲得数では、8月22日時点で、ハリス226,トランプ235となっている(ともすればハリスに甘いと見られる、NYT 系の見立てでは、ハリス226は同じだが、トランプは219に留まっている。違いは、ノース・カロライナについて見立て。NYT系は、ノース・カロライナでは、有権者のトランプ傾斜の勢いが失われ、現状は文字通りの激戦州に戻ったとされるが、ポリティカル・ワイヤー社の方では、同州はトランプに傾斜と見做されたまま。同州の割り当て選挙人16名が、予測の数字を異ならしめている原因)

ここでは、ポリティカル・ワイヤー社に基づく予想に準拠しておくが、それによると、当選のための選挙人270名獲得までに不足する数は、ハリス44名、トランプ35名(NYT系の見通しで、ハリス44名に対し、トランプは51名)。ポリティカル・ワイヤー社予測による限り、依然としてトランプが僅差で優位に立っている。

ポリティカル・ワイヤー社の、激戦7州の支持率は以下の通り。

中西部3州
ハリス支持率 トランプ支持率
ウイスコンシン(8/19現在:10人) 49% 45%
ミシガン(8/19現在:15名) 48% 46%
ペンシルバニア(8/19現在:19名) 48% 47%
サンベルト4州
ハリス支持率 トランプ支持率
ノース・カロライナ(8/22現在:16名) 46% 47%
ジョージア(8/19現在:16人) 47% 48%
アリゾナ(8/19現在:11名) 46% 45%
ネバダ(8/17現在:6名) 45% 46%

注;括弧内の数字は大統領選挙人の当該州への割り当て人数。従って、ハリスが中西部3州を全て制すると、当選。仮に、ペンシウルバニアを失っても、替わりにノース・カロライナとネバダで勝てれば、当選と言う計算になる。

④ハリスの支持率が、伸びているのは、トランプ陣営に言わせれば、「正式の候補の座を得て未だ日にちが浅い故の、謂わば、ハネムーン期にあたるため」で、今後日を追って、ハリスが何者であるかを有権者が認識するようになれば、支持率もいずれ低下するはずだとのこと。

⑤しかし、ハリスにとっての問題は、上記指摘の他にもある。それは、トランプの支持率が上向いていない反面、減ってもいない点である。全米での支持率が、前記のように43.6%もあり、トランプがどんな暴言を吐き、どんな嘘をついても、この数字が大きく減らない点こそが、ハリスにとっての最大の脅威と言うことになる。

トランプは、大統領時代にまで遡っても、さして高率の支持を得たためしがない。常に支持率は30%台の後半から40%台の前半に留まっていた。そして、その支持率を支えていた有権者層が、いつの間にかトランプの岩盤支持層に変質しているのだ。

では、何故、その支持率が岩盤化したのか…。

トランプは初当選の選挙戦の時から、中西部の自動車や鉄鋼と言った、嘗ての米国の主要製造業で働いている人達(彼らは今でも、中西部の大票田)に向って、中国など海外からの不公正な競争によって、米国の職が奪われていると、強調してきた。

こうした論理は単純なだけ、被害者意識を持っている人達には受け入れられ易い。更に、トランプは指摘するばかりではなく、対中高関税の賦課など、実際の施政でも、選挙公約を守り続けて、その主張や実行の行き着いた先が、今回選挙時に多用される、MAGA(Make America Great Again)のスローガンと言うわけだ。

トランプの岩盤層を構成している有権者達の眼から見れば、トランプは言ったことは実行する、そんじょそこらの政治家とは別格なのだ。

トランプから観れば、その彼らが、大統領時代からずっと自分を支持し続けてくれている。だから、トランプの方も、「自分に良くしてくれた人には、こちらからも良くする」(トランプ自伝からの抜粋)となるわけだ。

ハリス民主党にとって、真に問題なのは、こうした重厚長大型製造業従事者は、元々、民主党の支持基盤だった点だ。それがいつの間にか、トランプ流の“忘れ去られた人々”の概念の普及と共に、そっくりそのままトランプ党の中核となり、それだけ固い岩盤支持基盤を持つが故に、トランプは、“従来からの共和党の基盤とは異なる、独自の基盤を党に持ち込んで、党勢の拡大に資してくれる指導者”として、共和党内で影響力を強めることができたのだ。その挙げ句が、共和党の体質そのものが変質という、皮肉な現実なのだ。

⑥トランプの支持基盤の岩盤化には、単なる産業構造変貌の結果としての、“置き去られた一部労働者“と言う意味合い以上の、もっと大きな米国社会の変質が関係しているように思われる。それは巷間指摘される、米国社会の分断である。

米国での所得格差は大分前から周知されている事実だったが、1980年代以降、その格差が所得面から資産面に急速に拡大した。背景は、折からの米国経済の急速な金融・サービス化である。新しい金融商品が続出し、ITC絡みの新しい企業が数多く創出され、それら企業が競って株式や証券を発行し、加えて金融商品の証券化技術が発明されるなど、米国社会に金融商品が満ち溢れるようになった。そうした局面で、所得の大きな層は金融商品を買いあさり、政府は裕福層の所得税率を引き下げた。それらの結果が、社会の格差が所得面から急速に資産面にまで拡がる背景となった。その結果が、現在の社会分断である。

トランプは、こうした米国社会の抑圧された社会の下層に属する層の支持を集めているわけで、製造業経済から金融・サービス経済へと、急速に舵を切り、新NISAの普及などで、金融投資立国を目指し始めた日本も、その方向性は兎も角として、その方向がもたらす金融資産面での格差拡大には、前もって何らかの手を打っておく必要が痛感されてならない。

⑦以上のように、現状を観れば、今回大統領選挙でのトランプ支持層とハリス支持層の“性質の違い”といったようなものが浮かび上がる。前者は、謂わば、粘土質で粘着性が強い。後者は、謂わば、砂のようで崩れやすい。言換えると、トランプの本拠は粘土の城。ハリスの本拠は砂の城。トランプが砂の脆弱性に、ある種の確信を持っている所以である。

⑧いずれにせよ、ハリス登場で、トランプ陣営はこれまでとは異なった状況に置かれることになっているわけで、そうした事態が直近の、第三党候補ロバート・ケネディーを自陣営に抱き込む、トランプの動きになってくるのも、上記①や⑥等で指摘したような、共和党陣営がトランプの考え方一つで、容易に選挙運動を変えられる点を考慮すれば、分かり易い道理であろう。

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