鷲尾レポート

  • 2024.11.06

2024年米国大統領選挙、投票日直前の総括

試論

何故、これ程の接戦になったのか、 そんな中、何故トランプ優勢の雰囲気が醸し出されたのか等々

試論(1)

投票6日前(10月30日)の米テレビ各社の事前予測のいずれもが、トランプ、ハリス両候補の凄まじい接戦を示していた。例えばCNNは47%対47%、CBSニュースはハリス50%対トランプ49%、ABCニュースは、若干ハリスに好意的で、51%対47%(いずれも全米でのLikely Votersベース)といった具合。

選挙もこの段階まで来ると、大半の有権者は既に投票先を決め、亦、多くは既に郵便投票や期日前投票を行なっていた。だから、投票最終週の戦いは、当然のことながら、未だ投票先を決めかねている有権者、更には放っておくと棄権しそうな有権者(両者併せて、全有権者の9%前後)の争奪戦となった。イーロン・マスクが、あくまでも自分の意志として、トランプのために自前の金を使って、一肌も二肌も脱いだのは、こんな段階に入る直前のことだった。

試論(2)

選挙もここまで緊迫してくると、両候補者の、それぞれ相手方に対する言葉が、再び、粗雑且つ乱暴にものに回帰するようになった。

この段階になって、その回帰の先鞭を切ったのは、やはりトランプだった。例えば、トランプを弾劾しようとして、結果、共和党を追われたリズ・チェイニー元下院議員がハリス支持に回ったことへの報復だろうが、彼女を名指して“テロの危機が迫っている”と脅したり、米国の現状を“占領された国”だと見立て、“投票日はそんな占領状態から解放される日になるだろう”と主張したり、或は、言葉が走りすぎたのだろうが、“アメリカの内なる敵”、即ち、彼の政治的敵対者達を“、自分が当選の暁には、訴追し獄に繋ぐ”、と発言したり等々、過剰な言葉を連発していた。

そして、こうしたトランプの乱暴な放言は、当然に、ハリスからの反論を招き、“トランプは専制独裁者・ファシストだ“との決めつけ言葉が再び散布されることになる。彼女は、返す刃で、トランプは“己のためだけ”に専念しようとするだろうが、自分は“皆のための大統領”になると、その違いを浮き出たせようとした。

換言すれば、ここには、これまで米国社会を律してきた利他的な「我々」社会を代表するハリス、対して、これまでの数十年間に渡って累積されてきた過酷な現実に、置き去られてきた人々――例えば、貧困層・非大卒労働者等――の、謂わば抑圧され、孤独な「私」の立場を代弁するトランプ。この価値観を異にする二つの陣営が、はっきりと対立する姿が、赤裸々に現出しているではないか…。

試論(3)

直近のNYTの世論調査によると、米国有権者の61%が、「米国は悪い方向に向っている」と答えたという。

回答の内訳を見れば、男性の63%、女性の59%が「そう思う」と答え、年齢的には18~29歳、30~44歳、46~64歳でいずれも「そう思う」の答えが62~64%を占め、65歳以上での「そう思う」の回答者55%を上廻った。

亦、人種別に観ると、白人層の64%が「そう思う」と答えたのに、黒人は42%、ヒスパニックは55%となっている。そして白人層の中でも、とりわけ「そう思う」との答えが多かったのが、非大卒層。回答によると、彼らの69%が「そう思っている」のだそうだ…。

要は、トランプは、これらの大勢の、米国社会の将来を暗く感じる有権者達を代表する候補者になろうとしているのだ。だが、ここでの最大の皮肉は、有権者の「社会が悪い方向に向う」意識の中身の一部に、トランプ流のミーイズム指向が悪い、との認識も含まれている可能性があることではないか…。そう分析すれば、ハリスの戦略は、そうしたトランプの認識矛盾を突こうとしているようにも見えてくる。

試論(4)

別の問題だが、選挙の最終局面で、世情にトランプ優位を示唆する諸々の情報が溢れ出たのも、筆者は気になる。

例えば、どちらが勝つか、“カネを賭ける”Polymarket市場で、選挙直前3週間で、トランプ当選にかける比率が50%→60%→65%と急騰した。その理由は、多額のカネ(一説に3000万ドル:NYT情報)がトランプ勝利の方に賭けられたためだったことは明らかで、筆者は背後に、トランプを支持する右派勢力の意図を読み取ってしまうのだ。

そういえば、イーロン・マスクが自前のXで、2億200万人と称する己のフォロワーに、「トランプ優位が今も続いている…。民主党は敗れつつある」とツイートした(NYT Oct 30th)のも、そうした流れの一端ではなかったか…。

亦、投票日前2~3週間ほどで、新たな世論調査なるものが、合計37件も出現した(2020年には15件だった)が、その多くは右派系の団体による創出で、内30件がトランプ優位をはやし立てた(NYT Oct 31st)。

勿論、こうした急造世論調査なる代物は、定評の高い、それ故、信頼感を持たれている従来の世論調査よりも、極端にトランプ勝利を示唆するもので、そうした世評誘導は、直接的には、従来からの世論調査に映し込まれてはいなかろう。しかし、それらは、株式市場などには反映されやすく、それが間接的に有権者心理を動かすことは充分にあり得たのではないだろうか…。つまり、そうした右派グループ演出の、トランプ優位の世評誘導が、間接的に、従来の世論調査にも影響を与えた可能性は皆無ではないと、筆者は考える。

こうした右派系主導のトランプ優位の世評造りは、恐らく2つの意義を持つだろう。一つは、共和党系有権者を勇気づけること。二つは、これ程優勢だったのに、万が一、トランプが負けた場合、選挙不信を唱える余地を創っておくため…。

いずれにせよ、こうした右派系のトランプ優勢の世評造りの試みを、2020年のバイデン選挙チームの世論調査担当だった、民主党系のPoll-Taker・John Anzaloneは、「そんなゴミは、無視しろ」と一言で切って捨てている(NYT Oct 28th)。彼に依れば、そんなゴミのために、「トランプ優位が染み渡り、蓋を開けてみると、想定外の大敗が待っている」というご神託なのだろうが…。

確かに、トランプ自身は最近、疲れ、怒りっぽくなっているようだ。NPRラジオが報じていたが、同じ内容の演説をしても、数ヶ月前と直近のそれを比べると、声の張りや言葉の迫力が相当に落ちている。無理もなかろう。彼も亦80歳目前なのだから。亦、トランプ陣営が主催する大規模集会も開始時間が予定より相当遅れるケースが出てきている。理由は、人の集まり具合が遅いからだとか…。トランプは、そんな事態にも、腹立ちを抑えきれないことが多くなっているという。

対してハリスは、①人工中絶容認、②生活必需品価格の引き下げや家賃の抑制を通じて、人々の経済状況を改善すること、③トランプが専制主義者であること、の3つを訴えて演説を締めくくることが多くなったが、彼女の大衆集会には、従前にも増して、多くの人々が集まるようになっている模様。

民主党は、共和党を凌駕する資金力と、支持を求めて個別の家庭をノックして回る多くのField Workerを持ち、現状、接戦7州に、合計2500人の人員を送り込んでいるとされる。

実は、この民主党側の運動に、トランプのために、“自主的に”真っ向から立ち向かっているのがイーロン・マスク。

彼は自分のPAC(America PAC)を自前のカネで2024年初旬に創設、この組織を通じてこれまで新規に、80万~100万人のトランプ支持者を発掘したとされる。このPACは4つの下請け企業を使い、合計2500人の勧誘員(canvassers)を動かしている。マスクは、この活動に、一説に依ると1億2000万ドルの私財を注ぎ込み、他の仲間の金持ち達にも出資を呼びかけているという。

PACの目的は、白の素地に米国の旗が印刷されているポロシャツを着た勧誘員を使い、接戦州の家のドアを一軒一軒ノックして回らせるというもの。そのノックの目標は、一人一日150軒(一軒につき、2ドルの報酬。直近、その報酬も引き上げられたとか…)。トランプ支持者になりうる可能性あり、と目された有権者宅には、更に、トランプへの投票を促す別の勧誘員が3~4回、波状攻撃をかけるらしい。そうした活動が、最も活発だったのがアリゾナ、ジョージア、ミシガン。アメリカPACは更に、直近はノースカロライナとウイスコンシンにも、その触手を伸ばしている。

果して、こうした金持ちの、(他人の金を当てにしないで)自前の資金で、自発的に人を雇ってField Work活動をする。そんな、日本で言う勝手連的な活動が、どの程度有効に機能するのか、或は、したのか、今後、出てくる投票結果には注目しておきたい。NYT等によると、ノックされた家の有権者の、必ずしも全てが好意的、と言うのではないらしく、勧誘員が家人とまともに話が出来た比率は、大体、ノックした数の15%程度だった由(NYT Nov 2nd)。

以上のような、騒々しい選挙活動もまもなく終わる。11月5日の投票日以降、接戦7州での結果がどうなったか、それが全て…。いずれにせよ、結果は蓋を開けてみるまでは、誰にも分かるまい。

投票日以降のスケジュールについて、ユーラシア・グループの事前解説では、万が一激戦州ペンシルバニアの決着が早期に着かないようなら、選挙の最終結果が週末にまで持ち越される可能性も出て来るかもしれないとのこと。尤も、そうは言っても、投票翌日(日本時間7日)中ぐらいには、どちらの候補が勝つ、或は勝ちそうかちの大勢は分かるだろうが…。

一方、連邦議会上院の大勢は投票日夜遅く(日本時間6日朝)には判明するだろうが、下院の全体像が明らかになるのは、恐らく1週間近くかかるだろう、とも…。

更に、そうした大統領選や議会両院選の大勢が明らかになっても、大統領選に関しては、恐らくは両陣営のどちらかからも、数多くの訴訟が提起される可能性が高い。

しかし、2020年と違うのは、同年の選挙がトランプの強引な主張に引っ張り回されて、最終的には議会を巻き込んでの混乱になった反省から、連邦議会はその後、Electoral Count Reform ACT(ECRA:選挙人集約方法改革法)を成立させており、その法律に拠れば、各州の選挙人決定に際しては、各州議会の介在を避け、当該州の知事だけに当該州の確定選挙人名簿の連邦議会への提出権を認めている。亦、名簿提出の締め切りは、今回選挙の場合、12月11日までと、厳格に定められている。

ECRAでは亦、連邦議会で、当該州から提出された選挙人名簿に疑義が出される場合を想定し、従来なら、議会両院のどちらかの院で、1人でも疑義を呈する議員がいれば、その疑義を取り上げることを義務付けていたのが、今回改正で、異議を申し立てる為には、異議を申し立てる議員が所属する院の、少なくとも20%以上の議員の、共同しての異議申し立てが必要とされるようになった。更に、仮に、そうした異議申し立てがなされると、次の段階として、上院がその正当性を審議、上院議員の過半数が当該申し立ての正当性を認めなければ、申し立ては却下される仕組みとなった。

亦、選挙人の投票で、多数を得る大統領候補が出なかった場合、そんな非常時には、人民代表たる連邦議会下院が大統領を選ぶことになるが、その際には、各州それぞれに1票が割り当てられるのみ。現在の情勢では、州別にみると、共和党が多数を占めている州の方が、民主党が多数を占めている州よりも多いため、共和党の大統領候補が勝つことになる。

以上の知識と情報を頭に入れて、選挙結果が判明するまでのプロセスを、ハリス支持・トランプ支持、それぞれの立場から、ゲームとして楽しむことも一興ではないだろうか…。

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