日々大きくなる、トランプ再選の衝撃~ルーズベルト革命、レーガン革命、そしてトランプ革命?~
11月5日の選挙直前には、殆どの世論調査がトランプ対ハリスの対決を未曾有の接戦と予測していた。にもかかわらず、蓋を開けてみると、結果は、選挙人獲得ベースで、トランプの大勝となった。
決め手はやはり激戦7州での動向だった。その激戦州で、ハリスは2020年のバイデンの一般有権者獲得投票数を下回った。彼女の敗北理由は、この7州での完敗に尽きる。
ハリスにとって、五つの敗因をあげることが出来る。
一つは、ハリスのUnder-Performance(言換えると、結局は候補者としての迫力・魅力が足りなかった)。
二つは、政治のShow化(トランプ曰く、「世間に知られなければ価値は無いに等しい」)。共和党有権者は、トランプの暴言を知っていたが、「彼は言っているだけ。それを実行には移さない」と好意的に受け止め、或は、消極的にせよ、良い方に解釈しようとした。
対して、民主党支持者達は、「彼は、暴言を実行する。だから危険」と、警戒感と脅威感に苛まれた。だが、接戦州の都市部の、本来なら民主党支持のはずの、低所得有権者のかなりが、今回は結局、投票場に足を運ばなかった。つまり、彼らは、トランプの岩盤支持層にまでは変貌しなかったが(つまり、トランプ支持には傾斜しなかったが…)、「政治には全く期待出来ない」との悲観的態度に終始し、結局は棄権に回ったのだ。
投票数も、実際に確定してみると、巷間伝わるほど、トランプが完勝したものではないことが判明してきている。中西部接戦3州での勝敗も、3州の合計で23万7000票の差しかなかった。もしこの差が、僅かでも逆転していれば(つまり、民主党の棄権票がなければ)、結果は違ったものだった
三つは、上記とも深く関連するが、社会に蔓延している現状への不満。NYTの世論調査(2024年10月)によると、有権者の6割が、「米国社会は悪い方向に向っている」と認識しているという。
勿論、この種の世論調査結果は過去にも類例がある。だが、今回のそれは、背景に未曾有の資産格差という実態が存在し、深刻さの度合いが異なる。つまり、社会の分断が、過去に比べて、比較できないほど、極端に大きくなってきている。
だから、こんなムードの中では、選挙に於いて、“先行きの明るさ”を売る余地が大幅に狭まってきていた。例えば、1988年の共和党ブッシュ(父親)候補の陣営が、選挙運動のテーマ曲に“Don’t Worry Be Happy”を採用した時とは、社会のムードが大きく変わってしまっていた。そして、この点こそが、トランプの岩盤支持層化した“忘れ去られた人々”が、トランプの、現状打破に向けての突出力と行動力に強く惹かれている理由なのだ。「彼こそが、或は彼だけが」何とかしてくれるのではないかと…。
四つは、トランプ支持者達は、諸外国の識者達ほど、トランプの言動が外国、とりわけ同盟諸国をNervousにしていることを理解していない。Make America Great Againのスローガンを支持する人たちは、相手がNervousになっているのを、トランプが巧く交渉の材料にするだろうと、むしろ期待している節すら見られる(要は、自分達だけが…、米国だけが…、という究極のミーイズム思考に染まっている)。つまり、内向き指向になっている米国がそこにある。そんな米国民に向って、ハリスは発する言葉を持たなかった。
五つは、世論調査の大外れ。結局、繰り返しになるが、ハリスは従来の民主党支持者を纏めきれなかった。トランプの“極端さ”との違いを出すため、全ての主張が中途半端。女性であることを表に出さず、黒人であることを強調せず、リベラルであることを封印し、唯々、「米国が悪くなるのを防ぐ」、「私はあなた方全体の大統領になる」等々の抽象論に終始し、出来るだけ中庸色を出そうとした。
恐らくは、周囲に集めた、嘗てのオバマ選対チーム主導の、“Rainbow Coalition”の夢の再来を期待したのだろうが、社会の基盤自体に、そのような夢を受け入れる素地が既に失せていた。そう言った意味で、ハリスは、選挙戦略を明らかに誤ったのだ…。
次期トランプ政権でPress Secretaryに指名されているKaroline Leavitt女史は、トランプ勝利を、一般有権者のMandateを得たもの、と位置づけるコメントを発表している。しかし、直近のCook Reportによると、全米でのトランプの一般投票獲得比率は50%を割っているかもしれないとのことで、必ずしもMandateとは言い切れない。こうした実態を隠すためか、トランプ陣営は、意図的に、己の勝利を誇張して謳い挙げている。
Leavitt女史は27歳。史上最年少のPress Secretaryだそうな…。この人選などもトランプ自身の年齢(78歳)を考慮しての、意図した若年者の起用となったのだろう。
トランプが再選を決めてから未だ僅か2週間強、しかし政治とは冷徹なもの。次期指導者が決まった瞬間から、力のバランスは明白に現大統領から次期大統領にシフトし始める。
表舞台から去らねばならないバイデン大統領は、自らのLegacyを残すため、次々と諸措置を打ち出そうとする(ウクライナの求めに応じ、これまでは拒否してきた、米国供与のミサイルをロシア領内に打ち込む許可をこの段階で与えたり、凍結したロシア資産の、凍結中に生じる利子を、“仮に戦争が終わった後に迄も”、西側同盟国がウクライナに供与した支援の返済に充当する措置をEU諸国と合意したり等々)。
だが、そんな緊急措置の多くが、トランプ次期大統領によって容易に覆されることになるのは眼に見えている。筆者は1980年代初頭に米国に駐在していたが、1980年大統領選挙で敗北した民主党カーター末期の諸々の大統領令を、跡を継いだ共和党レーガン大統領が、物の見事に、その殆どを覆す様を眼にし、敗者カーターにいたく同情したことを懐かしく思い出す。やはり、政治の世界では、「勝てば官軍」、つまり、「勝たねばならない」のだ…。
今のトランプは、8年前に初当選したときのトランプとは全く違う。あの時は、当選したものの、共和党内を牛耳れていたわけではなく、政治の世界に人脈もなく、従って、政権を支え、中軸を為す専門家達も共和党内から推薦されてきた者が多く、トランプにしてみれば、謂わば、ビジネスの世界、とりわけ不動産業で育った政治の素人が、いきなり表裏腹背の多い、ワシントンの中心に舞い降りてしまったようなものだった。
だからトランプは、そんな自分のインナーな政治世界の外側に、急造の輪を作り、そこに既知の人間達を張り巡らし、自分が政治のプロの多いインナーサークルに取り込まれてしまわないように予防線を張った。
娘イバンカや、その婿クシュナー、選挙戦を仕切ってきたバノンやコンウエイと言った人たちが、そうした輪の役割を果たした。つまり、ホワイトハウスの内々の議論が一人歩きして、そうした外輪の外に出てしまい、それが逆に己を縛るようになるのを阻止しようとしたのだ。
しかし、そんな外輪構成の彼らは所詮、従来概念の政治尺度で言えば、素人…。「彼らは、政府での経験は全くなく、政治議論も単にかじっただけ。専門意見と言うにはほど遠かった」(ボブ・ウッドワード記者:ワシントンポスト紙)。従って、当然の如く、そうした外輪にチェックされ続けた、第一期トランプ政権の内部秩序は大混乱した。
ウッドワード記者は、その著作“Fear, Trump In The White House”の中で、有名な逸話を紹介する。トランプ大統領の執務室の机の上に、誰の手になるか分からない、一通の大統領指令案が置いてあった。内容は、米韓自由貿易協定破棄案。
放っておくと、深い知識のないトランプのこと、署名してしまうかもしれない。だから、偶々これを眼に止めた国家経済会議委員長のゲーリー・ゴーン(当時)が、この案を机上から持ち去って事なきを得たという。
何故、米韓自由貿易協定がそれ程に重要だったのか…。同記者の解説では、同協定は朝鮮戦争時(1950年代)に結ばれた米韓防衛協定の基礎の上に、米韓協力を一層緊密にする趣旨で、両国が結んだという位置付け。
だから、経済関係だけの基礎の上に成立したものではない。
だが、第一次トランプ政権内部の経済関係重視派からすると、米国の輸出入面に大きな影響を及ぼすこの種の協定は必要がないので、破棄すべしとなるわけだ。
しかし、そうした論者には、経済よりも重要な国際関係の安全確保や米韓両国の関係親密化が眼に入っていない。そんな案が内部吟味も充分に為されないまま、何処の誰かも不明な経路で、大統領の手許に上げられてしまえば…。
折しも北朝鮮はミサイル開発に熱心で、そのミサイルが発射後38分でロスアンゼルスに到着する、そんな時間を惜しまねばならない安全保障環境の中、米国は韓国との防衛協定があるお陰で、北のミサイル発射から僅か7秒後には、発射の事実を確認できる。
仮にこの防衛協定がなければ、アラスカにある米軍基地が北のミサイル発射を探知するのに15分も要するという。この僅かな時間差だが、極めて重要な機密情報の入手時間の余裕が、米国にとって如何に重要か、論じるまでもない。
米韓自由貿易協定の破棄が、その基礎となっている防衛協定に良い影響を与えるはずがない。
要は、一つの提案で結論を出す前に、各方面からの精査がない。つまり、この例に見られるように、第一期のトランプ政権での内部統制は、それ程までに混乱がひどかったのだ。
**筆者コメント;ここ迄書いて、ふっと思い出した。最近、米国はフィリピンとの間で軍事情報包括保護協定を締結したという囲み記事があったのを…。これなど、南シナ海での中国の脅威が、徐々にではあるが、次第に米国に差し迫っていることを間接的に立証するものだろう。
だが、今回のトランプが置かれている環境は、繰り返せば、第一期とは全く違う。
数々の裁判問題を抱え、亦、長く激しい選挙戦を戦ったため、周囲には彼の意見に同調する政治家や法律家が多く集まっている。何よりも、彼のみを信じるトランプ教徒たる岩盤支持層がある。
そして、そうした基盤の上に、共和党そのものを今やトランプ党化させてしまっている。外部の専門家とのネットワークも出来ている。
故に、そんな今のトランプにとって、この段階で、先ず頭をかすめたのは、“第一期政権の失敗の轍を踏まないように”、己を中心軸とする組織内部のルールを、キチッと構築することのはず…。
直近、トランプの大統領当選に関連し、既存の法的訴訟の後始末をどうつけるか、裁判所や検察当局が頭を悩ましている。
連邦法で訴えられ、しかも未だ判決が言い渡されていない場合なら、起訴取り下げもあり得るが、根拠とされるのが州法違反で、且つ、既に判決が出てしまい、後は量刑を言い渡す段階だけが残っているニューヨーク州法違反の事案などは、対応に困るだろう。
ニューヨーク州検察当局が、トランプ側からの提訴取り下げ要求を受け、取り下げの替わりに、取り敢えずは大統領就任期間中に限っての、違反罰則の凍結を打ち出したり、それを不満として、トランプ側が再度上級審に提訴したり等々…。
選挙での勝利1週間も経ずして、トランプ次期大統領は次々と、ホワイトハウス中枢や主要な閣僚候補を指名し始めた。
トランプの次期政権の顔ぶれ発表が、通常の選挙後の新政権の顔ぶれ発表よりも、かなり早いテンポで進んでいる。
その理由として、トランプの脳裏にあるはずの、幾つかの思惑が無視出来ないだろう。例えば、トランプが戦勝による政治資産を出来るだけ長続きさせようとして、意図的に、早め早めに、閣僚などの顔ぶれを、しかも1回で全てではなく、連日のように小出しにして、且つ、己のツイッターで発表し続けていること。つまり常に話題を造り続ける。
更に、その人選の顔ぶれも、選挙期間中に己が打ち出した選挙公約を、己以上に強硬に主張してくれた支持者の中から、最も有力な、逆に言えば最も論争を呼びそうな候補者を、次々と指名して行く等々。
こうしたスピード感のある、しかも連日に渡る指名の仕方は、二つの含意を含んでいる。一つは、第一期政権下と違って、トランプ以上に当該分野で強硬論を吐いている担当閣僚や専任担当が配置されることになる点。
つまり、自分がわざわざ細かいことを指示するまでもなく、彼らが彼らなりの判断で遂行案を立案してくる。トランプは、それを精査し、諾否を与えて、跡は後ろから見ていれば良い。二つ目の含意は、選挙期間中の公約をあくまでも遂行するとの、トランプとしての“本気度”をシンボリックに印象づけることが出来る点。
唯、このような人事指名の迅速さは、一つの難点を持っている。それは候補者の身元調査が殆ど為されていない点。通常ならば、政権移行の過程で、FBI等の専門機関が身元を精査するのだが、今回はどうもそんな様子が見られない。
そもそもの候補指名が、トランプが思いついたように自分のXでツィートするだけ。事前のインタビューもなければ、事前点検もない。このような人選では、後々禍根を残す可能性が大きい。
詳細を見て行くと、主要顔ぶれとして、真っ先に指名されたのがスーザン・ワイルズ女史。ポストは首席補佐官だった。何故、首席補佐官は彼女でなければならなかったのか…。
トランプが、第一期政権の失敗の轍を踏みたくはないという、上述したような事情を抱えていると想定すれば、この人事には、以下のような思惑があると観ることができる。
つまり、トランプは、ホワイトハウス内の各種情報や提案を、彼女の秘書機能を通じて、組織内部での優先順位付けをはっきりさせ、場合によっては、もう一段の精査プロセスにかけさせたいのだ。逆に言えば、大統領の机に案を持ってくることの出来るのは、極論すれば、首席補佐官だけ。
勿論、こうしたプロセスを確立しようとする意図の底には、全ての物事は最終的には己が判断する、との意志があることは自明。そう考えると、ワイルズ女史の首席補佐官指名は、日本の歴史に照らしてみると、どことなく五代将軍綱吉と御側用人・柳沢吉保との関係のようにも見えてくる。上程されてくる諸案件を、秘書役が優先順位を付けて手許に送ってくる…。
更に亦、自分の手元に送られてくる案件は全て精査済み。そうしたプロセスを常態化しようとの、トランプの思いの底には、当然に、「最終諾否は俺が決める」との揺るがぬ決意が存在する。
トランプはよく「内なる敵」という表現を使う。その表現には、第一期政権の苦い経験が滲み出ている。これ亦、そこには第一期の高官だった連中が、後に次々と政権の内部事情を暴露し、延いては自分を批判する側に回ったという、腹の底からの怒りがある。
加えて、トランプには、司法省や情報関連機関への不信感が根強い。「彼らは情報や司法権限を駆使して、自分を操作し、政治的に墜とし込もうとしている」、或は、「彼らは、何時亦、自分を裁判に引き出すかもしれない」と言った、根深い恐れの気持ちもあるはずだ。
司法機関は、トランプの思い込みでは、腐敗したワシントン中枢部の、自分のような政敵倒しのための道具と化している。幾つかの訴追で満身創痍の感のあるトランプは、自身にとって実に厄介なこの機関をどう御するか…。
先ずは、選挙期間中に、自分と同じように司法機関批判を強く主張していた、フロリダ選出の、共和党マット・ゲーツ下院議員を、司法機関の元締めたる司法長官に指名する。
次いで、これまで自分の数多くの裁判を支えてくれた弁護団の、“自分に忠実な”弁護士達を、新政権の司法関係の実務の重要ポストに出来るだけ多く送り込む。具体的には、ゲーツ長官の下の副長官に、自身の弁護で働いてくれたトッド・ブランチ弁護士を充てる等々…。こうすれば、司法機関が自分の手を離れて、勝手な動きに走ることのないように歯止めすることが出来るはず…。
このゲーツ司法長官案は、早々と頓挫した。彼の女性絡みのスキャンダルに対し、共和党内は勿論、民主党内からの批判が強烈だったからだ。
一説には、トランプは、そうした批判を知りながらゲーツを指名したのだが、その心は、他に問題人事が数多くあることを知った上で、ゲーツ人事を、他の問題人事を承認させるための交渉材料に使うつもりだったと…。
この説によると、ゲーツは“狼の群れの中で人身御供にされる羊”(possible sacrificial lamb)だった、となる。現実には、ゲーツは、“交渉用の供え物”どころか、全くの血祭りにされただけ、と言うのが顛末。
いずれにせよ、同じような思考で、CIA長官にトランプの信任厚いラッチフィー元下院議員(テキサス)を充てようとしているのも、情報機関が己を害する結末をもたらしかねない、その種の勝手な動きをしないようにするための予防的措置だろう。
だが、こうした思考に基づく人事配置は、裏を返せば、トランプが如何に司法や情報機関を恐れているかの逆証拠のようなもの。真に、“秘すれば現れる”の典型例ではないだろうか…。
トランプ次期大統領は「全ては俺が決める」との決意でいるようだ。そう記してみて、筆者の頭にワーテルローのウエリントンの言葉が浮かんだ。ナポレオンを破ったこの戦争で、英国軍総司令官を務めたウエリントンは、以下のように言ったのだ。
「自分がナポレオンに勝てたのは、広範な戦域を自分で調べ、配下の司令官達に具体的な指示を与える等、必要な措置の全てを、自分の判断で行なったから…」。
邪推するに、トランプの心情も亦、このようなものであるに違いない。次々と発表される次期トランプ政権の要職ポストの人選に、トランプのそうした思惑(最後は自分が決める)が織り込まれている。
例えば、国防長官ポストにFox Newsの司会者ピート・ヘグゼスを充てるという。彼は軍務の経験はあるが、とても軍全体を指揮するような立場ではなかった(後日、その彼にも亦、女性スキャンダルが浮上してきている…)。そんな彼が何故国防長官?…。
「全ての最終決定は俺が行なう」とのトランプの心理をまさぐれば、国防長官にはなまじっか実務に詳しい、軍人上がりは避けた方が良い、との結論が出るのも分かり易い道理。
第一期政権で国防長官を務めた、退役海兵隊大将だったジェイムス・マティス、或は、国家安全保障担当のマクマスター補佐官等々、彼らはトランプの意見に異論を唱え続けた。
だから、「嘗て、彼ら実務専門家を相手にしたような、不毛の議論はもうしたくない」、そのようなトランプの心理を、ヘグゼス人事案の底に見るのは、事態を歪曲しすぎているのだろうか…。国防長官は、トランプの考え方を実践する事務局長で良いのだと…。
だがこの種の人事は、先に触れたゲーツ司法長官案が頓挫したように、トランプの政敵達にとって、トランプの権威を落とす絶好の材料。つまり、指名した人事が次々と議会、或はその手前で、退けられる可能性が、その分だけ大きいことを示しているのだから…。
国防長官がそうした思惑で指名された以上、トランプの手許で、国家安全保障政策の策定や推進に関わるのは、やはり軍出身者が好ましい。
だが、その彼なり彼女が、第一期のマクマスターのような、軍務中心思考にこり固まった人物では困る。だからトランプは、元グリーン・ベレーでアフガニスタンなどでの実戦経験もあり、且つ政治も分かり、その政治信条がトランプ以上に強硬な、マイケル・ウオルツ下院議員(フロリダ)を選んだのだろう。
当然のことながら、新政権の顔ぶれ指名には、トランプの明白なメッセージも込められている。
国務長官にマルコ・ルビオ上院議員(フロリダ)を充てようとしているのは、トランプ自身のAmerica Firstを体現し、亦、対中強硬姿勢を明白にする意味合いが強い。
何しろトランプは、選挙運動中、中国を名指しで50回以上も批判した(BBC情報)のだから…。そして、指名された新国務長官候補は、そんなトランプ以上に、中国を強烈に批判していたのだから…。
国連大使にエリック・ステファニクを指名したのも、そんなメッセージ性を重視した人事だろう。同氏は下院共和党ナンバー3の位置にあり、嘗て、国連の場でイスラエル批判が巻き起こったとき、そんな国連ならば、米国は資金拠出を見直すべきだと発言したほどの、親イスラエル派。
そして、イスラエル駐在米国大使に指名したのが、エリック・ハッカビー元アーカンソー知事で、これまでも親イスラエルで定評のある人物。更に、中東担当大統領特使に指名したスティーブ・ウエットコフはユダヤ系の大富豪。こうした一連の顔ぶれを見れば、トランプ次期大統領の姿勢が親イスラエルであることは一目瞭然。
一方、国土安全保障長官に指名されたクリスティー・ノームは、中西部の州知事でありながら、自州が州境を接しているわけでもない南部メキシコ国境に、不法移民の侵入阻止のため、わざわざ同州州兵を派遣するなど、トランプのメキシコ国境からの不法移民流入阻止対策に大いに賛意を示した実績があり、その彼女を改めて、不法移民阻止の担当でもある、国土安全保障長官に就けようとするのも、これ亦、明白なトランプのメッセージ…。
同じような趣旨で言うと、新設の国家効率化省の責任者にイーロン・マスクとビベック・ラマスワミの2人の実業家を充てたのも、両名が急進的な規制緩和主張の持ち主であり、次期トランプ政権が大幅な規制緩和に向けて舵を取る、そんな近未来を予想させるものだろう。
機を見るに敏なマスクは、自分が指名されるや、即時に自身のXに、俳優シュワルツネカーのTerminatorに似せた自分の顔写真を投稿、規制の緩和や行政組織の簡素化などで凡そ2兆ドル規模の財政削減が可能では…等と呟いている。
大統領選挙の最中、超党派の議会関係者で構成するThe Non-Partisan Committee for a Responsible Federal Budget(責任ある連邦政府委員会)の出したトランプの選挙公約を実施した場合に発生する連邦財政赤字推計額は7.5兆ドル(Low/Medium/Highの3種の試算で、Mediumのケースを取った場合)だった。
つまり、マスクは自身のツイートで、その赤字幅の約3分の1を省庁削減や規制緩和で達成できると主張したわけだ。事実、マスクは、相棒となったラマスワミと共同で、ウオール・ストリート・ジャーナル紙に投稿、年間ベースでは5000億ドル程度の歳出削減が可能だと意見を述べている。
そのマスクに、トランプは、今回選挙で共和党大統領候補に立候補したラマスワミを組み合わせている。これなども、両者を競わせ、必要な場合は両者を相互牽制させようとの、トランプの思惑が潜んでいる。
国家効率化省は恐らく、通常の官庁ではなく、日本で言えば経済財政諮問会議のような組織となるのだろう。
マスクやラマスワミのような経営者を、身分そのままで迎えようとすれば、委員会の座長資格のような立場でないと、もろに利害相反の壁にぶち当たってしまうではないか…。だから、この2人には、上院の承認手続きは不要ということになる。
何時の時代でも、選挙に勝った大統領は、その勝利に貢献してくれた人物に、人事で功を報いる措置を執ってきた。上述のゲーツ司法長官案(結局は反故になったが…)やヘグゼス国防長官案、或は、既に打ち出されているトランプ人事案等は、多かれ少なかれ、トランプ勝利への論功賞的は意味合いがあるものばかり。ロバート・ケネディー厚生労働長官案など、最も強くそんな色彩を浴びている。
そんな、或る意味偏った、人事案多発の現状を、ニューヨーク・タイムズのピーター・ベイカー記者は次のように書いた。
「当初、ワシントン筋の一部は、『トランプは選挙期間中のレトリックを、そのまま実行するつもりはないだろう』、と観ていた。
国務長官に、最強硬派で非現実的理屈を振りまくリチャード・グレネルではなく、強硬論は吐くが、それなりに現実主義者のマルコ・ルビオ上院議員が指名されると、“あぁやっぱり”と安堵の気持ちを感じていた…
しかし、その後の人事指名として、マット・ゲーツ司法長官案、ロバート・ケネディー厚生労働長官案、タルシ・ガベット国家情報機関トップ案など、正統派から観て、必ずしも適格でないと思われる人物の指名が続々と打ち出されると、そんな安堵感は一挙に吹き飛んで、トランプの本気度への、ある種恐れが拡がり始めた…米国の政権交代期の歴史に詳しい、デイビット・マーチックは状況を次のように解説する…it’s a serious strategy to blow out the government as an institution because of their belief that it’s become too big , too powerful and represents the deep state…亦、別の専門家は言う…Trump is challenging the foundations of the American system… 」(Trump Signals a Seismic Shift, Shocking the Washington Establishment: NYT Oct 17th )。
勿論、トランプは、そこまで大胆には考えてはいないかもしれない。
次期政権の顔ぶれ発表も、「自分は貴方の功績を認め、ポストを与える旨発表したが、議会で承認されなかったのは、偏に貴方への客観的評価がそれだけ低かったからに過ぎない」と、さらっと、当該指名を撤退する可能性も十二分にあると…。
更に亦、冷めた見方も流布されている。どんな人事指名が上院で承認されても、第一期トランプ政権の実績から見る限り、そんな人事は長続きしなかった。
例えば、第一期政権での閣僚の平均在任期間は僅か1年半(財務長官、商務長官、住宅都市開発長官を除く)、とりわけ短かったのは国防長官、司法長官などで、平均在任期間は11ヶ月に満たない。だから、第二期目も、どんな候補者が承認されても、いずれトランプとぶつかって、早期退任になるだろうと…。
上記のような各種見方に対し、トランプに近い人物達は、米国政治のもっと抜本的な変化を予想する。
例えば、トランプの友人で、保守派の論客ロジャー・ストーンは、「トランプ次期大統領の下、物事はもっと抜本的に変わり始める:Things are going to be different」と指摘し、第一期政権の戦略担当だったステファン・バーノンも、「今や、米国の政治文化の風土は、トランプ再選という地震の衝撃で、大きく地殻変動しつつある(Seismic shift in the political culture…We are not going back)」とコメントする。
そんな見方の延長線上で、今、密やかに囁かれているのは、問題の多い閣僚などの人事を議会上院の承認なしに強行する案だという(米国憲法上では、国家非常時の対応策として、上院の承認なく、閣僚を就任させることが可能らしい。
そして、そういう過程で就任した閣僚達は、次の議会の会期末:つまり、2年後の2026年12月まで在職できるらしい)。勿論これは、戦争勃発などの緊急、且つ非常時のケースだが、トランプ次期大統領は、必要とあれば、そんな非常手段を執るため、上院を閉会させるかもしれないと言うのだ。(前述ベイカー記者の記述)。
しかし、トランプが仮にそんな非常手段を執るようなら、これはもう現状打破以上の、文字通りに革命的な所業。筆者は、トランプが、流石に、そこまでの極端な手段は執らないとは思うが…。
英国のファイナンシャル・タイムズは、選挙結果が判明した直後、次のように書いた。
「問題は、何故トランプのような人物が選ばれたか…。それはトランプが訴えていたものを、十分な数の米国民が望んでいるからだ…不法移民の大量強制送還、グローバル化の進展を止めること、リベラル派のエリート達の馬鹿馬鹿しいほどのアイデンティティーへの拘りにノーと言うこと、トランプがどんな暴言を吐こうが、有権者達は、そんな人物の性格を問題にするよりは、何はともあれ社会の現状を打破してくれるリーダーを選んだこと…。
トランプ大統領が連邦議会の上下両院を支配することになれば、トランプの行政権力に対する議会のチェック機能はほぼ効かなくなる…。そう言った諸々の意味で、米国は決定的な分岐点を超えてしまった…。
トランプが、敵を追い詰めると誓ったのは本気ではないだろうと、軽く観るのは間違いだ…。今や、トランプは、想像を絶するほど破壊的な方法で、米国を変える権限を得たのだ…。2024年の大統領選挙は、地殻変動を起こすような結果となったわけで、ここから後戻りする途は最早ない」(FT, Nov 6th)。
「米国の社会風潮(含む政治)は、凡そ50年周期で、時計の振り子の如く、反転・変化する」と述べたのは、米国歴史学の大家で、ケネディー政権の大統領補佐官を務めた、アーサー・シュレジンジャーだった。
その言を借用すれば、筆者の観るところ、第二次大戦以降の米国政治史では、大体45年前後で、政治の潮流が変わってきた。
始まりは第2次大戦直前の大恐慌だった。
ウオール街の株価大暴落に為す術もなかった共和党フーバー政権。その跡を継いだ民主党フランクリン・ルーズベルトは、第二次大戦を潜り抜けるや、今まで世界の国々が採用したことのなかった新しいやり方(New Deal)、つまり、ケインズ提唱の財政・金融政策を本格展開、以て、戦後の米国の経済勃興の基礎を築いた。
拡張的な財政政策の下、連邦政府の財源を使って公共投資を連発、そうした諸手段、つまり言換えると、政府の公共支出や補助金などを使って、一般市民が裨益する財政資金散布の仕組みを作り上げ、その裨益者をこぞって当時の政権党、つまりは民主党の支持者に取り込んでいった。
南部白人や全米の黒人層は、そうしたルーズベルトの政策で、こぞって裨益し、いずれもが民主党支持者となった。そして、そうしたリベラル主導の、政府機能を最大限活用しての大きな政府による政策は、米国経済の未曾有の盛況とリベラル全盛の時代をもたらした。これを世上、ルーズベルト革命と称する。
だが、そんな民主党リベラル派全盛の時代(1960年代央)もやがて終わる。ベトナム戦争への介入と、福祉国家追求の、所謂“大砲とバター”二本立て路線は、政府のコスト負担能力を超えてしまう。そんな大きな政府のコスト負担に中産階級の忍耐は切れた。
1970年代も後半を迎えると、折からの二度に渡る石油ショックの影響も相俟って、米国はインフレと産業競争力の弱体化に悩むようになり、イラン革命の余波を受けた、テヘランの米国大使館がイラン人学生などに占拠される事件なども発生、民主党カーター大統領に率いられた米国の威信は地に落ちた。ルーズベルトからカーター迄のup to downの期間が約45年。
丁度その頃、1980年大統領選挙で登場してきたのが保守を標榜する共和党のレーガンだった。彼は大統領就任直前、ウオール・ストリート・ジャーナルに寄稿、概要次のような主張を展開した。
「米国の一般有権者は遂に、政府の飽くなき資金吸収本能と歳出増大傾向とが、慢性的インフレの基本原因であることを理解し始めた…蜘蛛の巣の如く張り巡らされた法律や政府規制が、政府の租税政策と相俟って、民間部門の資本形成を阻害し、米国の生産性の基礎を掘り崩すことになった…
しかし、政府といえども、それが統治するその他の社会構成部分よりも賢明であるわけがない…これが私の基本認識であって、統治者が被統治者よりも賢明であるなどとは考えられないのだ…」。
そして、このレーガンの哲学は、1981年1月20日の大統領就任演説の中で、極めて明快に定義されることになる…。曰く、「政府こそ諸悪の根源であり、問題解決の手段などでは決してない」。こうした革命的な政府観を、世上はレーガン革命と称した。
かくして打ち出された、減税、歳出削減、予見可能な金融政策、それに規制緩和。この4本柱を掲げ、小さな政府を目指すレーガンの政策は、米国の産業構造を製造業からサービス・金融を軸としたものに大幅に変えることになる。後の世界企業マイクロソフトやサンマイクロシステムズなどのIT企業群が、自宅のガレージの中から誕生したのは、そんな経済の過渡期の最中からだった。
このレーガン主導の、米国経済の再生は、折からのIT産業の勃興とも相俟って、米国の社会の仕組みを急速に金融・サービス経済化させた。そうした過程で、金融技術が発達し、数々の金融商品が登場、それと連動して金融メカニズムも洗練され、結果、株式資本主義化が鮮明となってくる。
言換えると、株を所有していることが金持ちへの近道となって来たのだ。社会内での巨額資産を持つ層と日々の生活に困る層との、社会分断の始まりだった。
このような社会の基調を、レーガン・ブッシュ時代の政策が一層促進した。企業向け・個人向けの大幅な減税政策が採られ、亦、Ownership Society推奨の名の下で、株式所有促進を軸とする、日本風に言えば金融投資立国化が試みられたからだ。
結果、招来した社会分断の中での、今回のトランプ再選。その推進役だったのが重厚長大型産業従事の非大卒労働者だった。レーガン革命の下、忘れ去られた人々が、そんなトランプ復活の原動力となった。つまり、このレーガン時代から今日までの期間も凡そ45年。
そう観れば、歴史の繰り返しで、このトランプ再登場の時点で再び、政府の在り方を巡る革命の下地はありそうだが、果して、どうなるか…。
私見では、トランプは大失敗し、その後の選挙で出てくる次の政権こそが、ルーズベルト、レーガンに次ぐ、アメリカの社会革命を担うようになるのではないか…。筆者のような愚者の、空想物語ではそうなるのだが…。
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