鷲尾レポート

  • 2021.12.27

ウクライナと台湾、輪郭を見せ始めた新冷戦の構造

12月に入り、ウクライナを巡るロシアと米・NATOの対立が次第に表面化してきた。

 

元々、ロシアの国家安全保障戦略では、「ロシアは敵対的な米国とNATOに攻囲されており、彼らは軍隊をロシア国境付近に移動させている…西側の経済制裁は、ロシアの主権・領土を脅かす手段であると…」との認識が披歴されていた。

一方、米国やNATOは、直近、ロシアがウクライナ国境に10万もの兵力を張り付けているのを憂慮、万が一、ロシアがウクライナ侵攻を行えば、軍事衝突に加え、経済制裁の強化などで、ロシアの痛みは増す、との警告を発出済み。亦、米国防省は、ウクライナ空域の確保のため、同国への軍事援助を増し、且つ、対戦車用ミサイルの追加配備をも表明。

これに対し、プーチン大統領は12月23日、恒例の大統領記者会見で、来年1月のジュネーブでの米ロ首脳会議への期待を述べる反面、NATOの東方拡大停止を要求、さらにウクライナ侵攻の可能性を排除しなかった。

こうした脅威感があるためか、米英2か国は、ロシアからのウクライナ政府機関へのサイバー攻撃を阻止するため、専門家集団を同国に派遣済み。更に、米国はアフガニスタンから撤収した戦車やヘリコプターなどをウクライナに再配置。要するに、NYTimes などによると、米国は、プーチン大統領が未だ、侵攻を決定してはいないとしながらも、万が一の場合の事前サインを読み取ろうと、万全の準備に余念がない、といったところか…。他方、ロシア政府は、アフリカや中央アメリカ諸国で、ウクライナのゼレンスキー大統領が、同国東部での反政府運動圧迫の活動を行っているとのキャンペーンを積極的に展開中。

 

目をユーラシア大陸の東に転ずれば、台湾を巡る米中の対立は振幅の領域と幅を増し続けている。専門家が想定しているのは、中国が台湾に、当面は、ロシアがウクライナで採用しているのと同類の手法、つまり、サイバー攻撃や社会分断工作を仕掛けてくる可能性だという。こうした想定に、米国は、サイバー専門家の派遣など、やはり同じ手法で対応しようとしている。さらに、中国の空軍機が台湾防空圏に侵攻を繰り返しているのも、ウクライナ国境沿いに軍隊を配置しているロシアと同じ手法とダブってくる。米国のオースティン国防長官は、こうした中国軍機の侵入を、将来の台湾進攻に向けた演習の可能性もある旨言及した。

もっとも、台湾の離島の一部を、中国が占有するシナリオも専門家の間では議論されているらしい。しかし、これも亦、ロシアのウクライナ占有が、万が一あったとしても、ロシア系住民が住む一部地域にとどまるのではとの、西側報道の予測と、類似の思考方法。全面占領ではないかもしれない、とするのだ。要するに、ユーラシアの西と東、同じ様な思考で、西ではロシアが、東では中国が、それぞれが自身の領域だと主張する地域に、同時並行的なアプローチを試みているというわけだ。これを言い換えると、ユーラシアの両端の、EUや日本にとって、“新冷戦”の構造が出現しつつある、ということなのではあるまいか。

 

しかし、EUと日本、この両者にとって、同じ新冷戦構造の出現といっても、そのインパクトは恐らく日本への影響の方が大きいであろう。周知のように、最近、中国の発案にロシアが乗り、両国の戦闘機や軍船が共同演習の形で、日本列島をぐるりと回遊したが、これなども中ロ両国の同床異夢的な目論見が、日本への脅威感を倍加させる作用を果たした典型例。ロシアは、ウクライナでの対米圧力を強めるため、中国の誘いに応じ、極東での中ロ共同演習を実施、そうすることで米国の関心を一層アジアに向けることができるし、中国にとっても、ウクライナ情勢との連動を示すことで、米軍のアジアシフトを幾分なりと抑止できる。事実、鳴り物入れで打ち出されていた米軍配備のアジアシフトは、中東や中欧情勢の不安定化とも絡んで、現状、不十分なものになりつつある。

 

熟慮すべきは、EUと違って日本が、ロシアと中国それに北朝鮮の3者を脅威として想定しなければならない、独特の地政学上の地位にあることだろう。こんな状況下、恐らく日本政府の内部では、台湾海峡クライシスに関しての、かなり厳しいWar Gameシナリオも検討されているはずだ。

 

戦争は外交の一手段、とはクラウゼビッツの言葉だが、逆に言えば、外交は多面性と多くの選択肢を持たねばならない、ということでもある。最悪の可能性を十二分に認識しつつ、そうした想定に至らないように、経済・外交両面で出来るだけの手を打ち続ける、それが国際関係処理の王道というものだろう。

冷戦構造の発案者とされるジョージ・ケナンは嘗て、「いかなる手段によっても、明確で満足のいく決着など、到底望みえない意見の違いがある場合、武力で違いの解消を図るくらいなら、回りくどく、腹立たしいほどスローなテンポであっても、外交という手段が相手を敗北させるまで、少なくとも30年は待たねばならない」と述べた。しかし、そうした“待ち”が許されるのは、前提として、両陣営の対立構造が、矛盾しているようだが、逆に“安定”していなければならないのだ。

 

このように見てくれば、日本が指向すべきは、先ずは新冷戦構造を明確に意識して、その対立構造を定着させ、次いで、そうした構造を前提にしての、安全保障を加味した両陣営間のルール作りを課題とすることではなかろうか。これは、言うは易く、行なうは難しい。とりわけ、“新冷戦”下では、経済が既に相互依存化してしまっており、それを今から、「サプライチェーンに経済安保の視点を」などと提唱しながら、既存のネットワークを、出来るだけ少ない軋轢で、解消、もしくは変質させなければならないのだから・・・。更に、新しい技術は、多かれ少なかれDual -Use性を持っており、そうした技術の発展が必ず新兵器と結びつき得るのだから・・・。加えて、企業のこうした行動が常態化すれば、そんな状況下では、経済は最早、合理性だけで律しきれない、極めて制度指向の強いものに変貌して行くはずだ。同時に、企業経営の在り方も当然変質するだろう。台湾の半導体大手企業が、日本に工場を建設し、日本企業がそれの合弁相手となるケースなど、そうした経済行為の先例とも意識されねばならない。

世界では今、脱炭素や、環境指向など、新しい技術を囲い込む競争が激化している。情報関連企業への政府規制も強化されようとしている。そこに経済安全保障という枠組みが付加される。故に、企業の立場から見ると、この類の、可変的環境を予見可能性の中に織り込んで、自らの組織を常に変え続けなければならなくなるはずだ。言い換えると、アルフレッド・チャンドラーの名著「組織は戦略に従う」が指摘しているように、企業組織は戦略の在り方に従うのが正当ならば、その経営戦略が、新冷戦下の国家の安全保障政策に追随しなければならないという条件下では、結局、企業の組織も、そうした安全保障観の変化について行けるものにしておかねばならない、ということになる。

 

いずれにせよ、上記のような推論の導く方向は、国家や企業の戦略において、情報関連技術や情報関連新製品が持つ意味が格段に大きくなるということだろう。そう見て行けば、TPPから抜けた米国が、「TPPはもはや古い。より新しい経済連携を」(米USTRタン代表、レモンド商務長官)として、デジタル技術やサプライチェーンを対象に挙げるのも、至極当然であり、中国が、シンガポールやニュージーランドが主導する、既存のデジタル貿易協定に触手を伸ばすのも、理由は全く同じであろう。

 

長文を書くのが本エッセイの趣旨ではないので、ここらでパソコンを打つのを止めることにするが、“新冷戦”構造を定着させるのには時間がかかり、そうした新冷戦構造が出来ても、両陣営間で諸々のルールを樹立するにはもっと時間がかかる。つまり、そういう眼で見直すと、中国の習主席、ロシアのプーチン大統領、さらには米国のバイデン大統領、高齢の3人が3人とも再選を目指しているのも、彼らの心のどこかに、新冷戦下での自国の立ち位置を、自分の手でしっかりと固めねばならないといった、ある種の使命感があると記せば、歳取った政治指導者達を美化しすぎるであろうか・・・。

 

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